【今どき絵本作家レコメンズ番外編】『だるまさんが』ヒットの理由を探る ―― だるまさんシリーズ担当編集者インタビュー

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「これぞ次世代の名作!」と思えるような素晴らしい絵本を紹介すべく、100人以上の絵本作家を取材した経験を持つ筆者が、独断と偏見からいちおし絵本作家にフォーカスする、「今どき絵本作家レコメンズ」。

今回は番外編として、かがくいひろしさんの担当編集者だったブロンズ新社の沖本敦子さんへのインタビューをお届けする。『だるまさんが』出版からわずか8年で累計436万部を突破した「だるまさん」シリーズ。異例の大ヒットの理由とは?

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だるまさんシリーズ「が・の・と」(3点セット)

作・かがくいひろし(ブロンズ新社)


―― かがくいひろしさんが『おもちのきもち』(講談社)で絵本作家デビューされたのが2005年。沖本さんが初めてかがくいさんと出会ったのはいつ頃ですか?

沖本さん(以下、敬称略):初めてお目にかかったのは、2007年の秋のことです。当時かがくいさんは特別支援学校の先生で、お母さまの介護もされていて、その合間に絵本を制作されていたので、かなりお忙しかったようです。じつはその少し前にご連絡を差し上げたとき、「今すでに手一杯で、迷惑をおかけしてしまうので、仕事はお受けできません」というお返事をいただいていたんですね。それでもご挨拶だけでも、ということで会いに行きました。

お会いする前に、手紙とともに弊社の目録をお送りしたところ、かがくいさんは丁寧に目を通していてくださったんです。当時、弊社では『コップちゃん』(文・中川ひろたか、絵・100%ORANGE)などのファーストブックに力を入れていました。それを見て「こういうのはどうでしょうか」と、見せてくださったのが『だるまさんが』のラフでした。


―― ラフを初めて見たときの感想は?

沖本:見た瞬間、すごくいいと思いました。こんなにおもしろいものがまだ出版されずにいたとは、なんて運がいいんだ!と。編集長も一緒だったので、「これを出版しましょう!」とその場で即決しました。出版にあたって、版型や各ページのだるまさんの表情など、多少の変更はありましたが、基本的にはほぼラフのままです。しっかりできあがっていて、文句の付けどころがありませんでした。


――『だるまさんが』をつくる上で、かがくいさんが大事にされていたことは?

沖本:制作の面では、質感をとても大事にされていました。通常、製版の際に原画に残ったごみや汚れを取るんですが、手触りの感覚が大事なので、きれいにしすぎないでほしいとおっしゃっていて。かがくいさんの絵は、ボールペンやパステル、鉛筆などで描いたものをこすって質感を出されているんですよ。立体感があって、味わい深いですよね。


『だるまさんが』

作・かがくいひろし(ブロンズ新社)

それから、プリミティブな楽しさや生理的な気持ちよさにもこだわられていました。かがくいさんは特別支援学校の先生として、発達や言葉の理解が遅い子どもたちとずっと向き合ってきた方なので、見ただけでわかる、身体感覚に訴えかけるシンプルなおもしろさを大事にされていました。

特別支援学校時代は、オリジナルの人形劇をやられていたそうです。ストーリー仕立ての人形劇ではなくて、音と動きだけで楽しませる劇で、その絵コンテはまるで絵本のラフのようでした。かがくいさんは絵本作家としてのデビューは遅かったけれど、子どもを楽しませるキャリアは大御所レベル。人生の大部分を子どもの教育に向けてきた方だったからこそ、多くの親子に愛される絵本を生み出せたんだと思います。

―― かがくいさんの絵本は「だるまさん」シリーズ以外もすべて、笑える作品ばかりですよね。

沖本:それは意識されていたんだと思います。シビアな現場でずっと先生をされてきた方なので、子どもへの愛は本当に深かった。だからこそ子どもたちの未来を憂えて、悲観的になってしまう部分もあって……「世の中大変なことがたくさんあるけど、絵本を読んで笑ってね」と、肩の力を抜いて楽しめる作品づくりを心がけていらっしゃいました。


『だるまさんの』

作・かがくいひろし(ブロンズ新社)

その気になれば泣かせる絵本だっていくらでもつくれたはずですが、「気を抜くと、すぐ重くなっちゃうんだよね」と、意識的にそっちに行かないように自制されていました。チャップリンに共感されていたのを覚えています。単なる明るい絵本ではなくて、マイナスの部分を「よいしょ」とプラスに変えて絵本にしているので、それだけ、作品に優しさと深みがありますよね。

――『だるまさんが』出版後の反響は?

沖本:反応は出版前からすごくよかったです。まず社内に持ち帰って見せたときに、社員がみんな「これは売れる」と言ってくれました。ブックデザインを担当してくださった坂川栄治さんも、見てすぐに「これは絶対ヒットするよ」と太鼓判を押してくださって。書店員さんたちからも愛されて、ロングセラー8割、新刊2割という絵本コーナーでも刊行以来ちゃんと置かれていますし、子育て中の芸能人の方がブログで紹介してくださったりもしました。こちらで大規模なプロモーションを展開したわけではなく、純粋に本そのものの持つの力で売れていったという感じです。

かがくいさんとは打ち合わせのとき、155刷とか180刷とか書いてあるロングセラーの奥付を見て、「すごいねぇ」「どうやったらこんな本ができるんですかねぇ……」なんて話していたんですけど、『だるまさんが』はもう220刷なんです。続編の『だるまさんの』と『だるまさんと』、『だるまさんが』の大型絵本も合わせると、すでに436万部(2016年9月)を超えています。それはつまり、それだけの数の人を笑わせることができたということ。以前にそうメールしたら、ものすごく喜ばれていたのを覚えています。人を笑わせて元気にさせたいと、ずっと願っていた方でしたから、うれしかったのでしょうね。


『だるまさんと』

作・かがくいひろし(ブロンズ新社)

―― 私の息子も0歳9ヵ月で『だるまさん』に大ウケして、ケタケタと笑い転げました。絵本であそこまで笑ったのは初めてのことで、「泣く子も笑う!」という絵本表紙の帯のコピーは本当だった、と感心しました。

沖本:「泣く子も笑う!」は弊社の営業部の者が考えたんですが、実際に読者の方々からそういうクチコミがあったからこそ生まれたコピーなんですよ。ほかの絵本を見せても全然だめだったけど、『だるまさんが』を見せたら笑ったという声を、読者カードなどを通じてたくさんいただきました。

経験の浅い保育士さんにとっての鉄板絵本としても、重宝されているようです。書いてある通りに読むだけでおもしろいので、読む側の力量が問われないんですよ。気負わず誰でも読めますし、子どももすぐに笑ってくれるので、「絵本とか読んだことなくて……」という新米お父さんの読み聞かせデビュー戦でもおすすめしたいですね。短いし、すぐ読めちゃいますから。

―― 出産祝いとして贈るのもいいですよね。

沖本:「うちの子がすごく笑った絵本なので、これを読んで笑ってね」と3冊セットをプレゼントしてくれる方が、結構多いようです。3冊セットはケース入りなので、贈り物にもぴったりですよ。

私自身の経験からも、本は絶対に読んだ方がいい。読書は間違いなく人生を豊かにしてくれます。その土台の第一歩を踏み出すためにも、『だるまさんが』の存在はとても価値があると思うんです。「読み聞かせってちょっと敷居が高いな」と躊躇しているお母さんも、『だるまさんが』を読めば「なんだ、こんなんでいいんだ」と安心できるでしょう。

教育的な絵本ではなくて、笑うための絵本だというのもポイントです。疲れたときや、気持ちが張り詰めているとき、笑うだけで心がほどけたり、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなったりするじゃないですか。『だるまさんが』は、そんな特効薬みたいなものだと思います。育児とか仕事とかいろいろ大変なときに、かがくいさんの絵本が「飴、食べる?」みたいな感じでにこっと存在していてくれるというのは、子育て中のお母さん方にとってもすごく心強いのではないでしょうか。


―― 赤ちゃんがケタケタ笑ってくれるというのも、読み聞かせをする側にとっては何よりうれしいことですよね。

沖本:笑顔が連鎖するんですよね。子どもが笑って、それがかわいくて一緒に笑ったり、読んでいるお父さんやお母さんが笑っているのを見て、子どももうれしくなって笑ったり。「みんなひと笑いして明日からまたがんばろう!」という、かがくいさんマインド生きていますよね。

今秋から、佼成出版社、講談社、教育画劇、PHP研究所、ブロンズ新社の5社合同で「ぜんぶよみたい! かがくいひろしの16冊のえほん」というフェアも始まっています(※全国400店舗以上で開催中)。会社の垣根を超えてこういう企画をやろうとなるのも、かがくいさんのお人柄でしょうね。愛情を持って人に接してきた方だからこそ、声をかけるとすぐにみんな集まって、盛り上げることができるんです。


かがくいさんは作家として威張るところは全然なくて、それどころか、編集者の私が落ち込んでいたりすると、「ちょっとおもしろいの見る?」なんて言って笑わせてくれました。人をよく見ているんです。かがくいさんに笑わされると、しぼんでいた気持ちが膨らんで、もっと楽しい仕事をしようって思えるんですよ。本来なら、編集者が作家のコンディションを見て寄り添うのが普通だと思うんですけどね(苦笑)「笑って心を柔らかく保つ」ということは、私がかがくいさんから学んだ一番大切なことです。

―― 「だるまさん」シリーズ大ヒットの理由も、そのあたりにありそうですね。

沖本:かがくいさんは愛に溢れた方で、それが絵本を通じてにじみ出ているからこそ、読者にも伝わって、ヒットにつながったんでしょうね。「だるまさん」シリーズをはじめ、かがくいさんの絵本はどれも、かがくいさんのお人柄そのもの。笑わせて、人の心を柔らかくほぐす――かがくいさんが周りの人に対してずっとやってきたことを、かがくいさんが亡くなられたあとも引き続き絵本がやってくれているんです。

「子どものためにも読み聞かせしなきゃ!」と躍起になるとしんどいし、本は楽しむためにあると思うので、子育て中のお母さんお父さんには、ぜひ肩の力を抜いて、気楽に絵本を読んでもらいたいですね。そのための最初の一冊として、これからも『だるまさんが』がたくさんの親子を笑わせてくれたらと願っています。


ブロンズ新社
http://www.bronze.co.jp/

加治佐 志津加治佐 志津
ミキハウスで販売職、大手新聞社系編集部で新聞その他紙媒体の企画・編集、サイバーエージェントでコンテンツディレクター等を経て、2009年よりフリーランスに。絵本と子育てをテーマに取材・執筆を続ける。これまでにインタビューした絵本作家は100人超。家族は漫画家の夫と2013年生まれの息子。趣味の書道は初等科師範。