尾崎の歌詞に出てくる女の一人称はほぼ「あたい」です

写真拡大

「普段どんなアーティストの曲聴きますか?」「カラオケでよく何歌う?」というありふれた質問があったとする。

 30後半の男性に対してだと、例えば「ミスチルとか聴きます」という答えや、40代の男性に対してだと「BOOWYとか歌いますね」と答えておくと、相手の気を害することは少ない(気がする)。だが、この「ミスチル」とか「BOOWY」という回答はドンジャラでいうところのドラ焼き的な役割を果たす。オールマイティーで差し障りのない回答でしかないので、その先で会話が盛り上がることはそこまでない。しかし、「普段どんなアーティストの曲聴きますか?」という質問を投げかけられた時に、名前を出すことによってものすごく仲良くなれる、もしくは若干不穏な空気が漂ってしまう、諸刃の剣のアーティストがいる。それは「尾崎豊」である。

 私は、尾崎豊の大ファンだ。高校生の頃にTSUTAYAで尾崎のアルバムを手に取って以来、すべてのアーティストの中で尾崎豊が一番好きだ。尾崎豊が好きだと言うと大概「あー、はいはい、ナルシストなヤンキーの歌でしょ」というリアクションが返ってくるが、それは全くもって誤解である。

 尾崎ファンは、尾崎の歌詞にある窓ガラスを割って回ったり、バイクを盗むヤンキー的な側面ではなく「自分の存在理由を真っ向からみつめ、孤独に打ちひしがれながらも生きていく姿勢」に強烈に共感しているのだ。

 なので、「一番好きなアーティストはやっぱ尾崎豊ですね〜」と答えた時、尾崎ファンではない人は「ヤンキーだったの?」と軽いリアクションを返すのだが、尾崎ファンは少年のように目を輝かせ「えっっ!!!?私も尾崎ファンなんです!なんの曲が好きですか!!!?」と前のめりで聞いてくる。

 そして、その後必ず「あの曲のサビ前の歌詞は最高ですよね!!!!」と歌詞の素晴らしさについて熱心に語りだすのだ。尾崎ファンは決まって歌詞の素晴らしさを熱心に語り、歌詞の素晴らしさについて感動を共有しあうのだ。

◆たまたま乗り込んだタクシー運転手が尾崎ファン

 そんな尾崎ファン特有のドラマチックさを感じる出来事がつい先日もあった。ある日、飲み会の帰り道であった。終電がなくなってしまった私はタクシーを止めた。乗り込んだタクシーの運転手さんは40台後半くらいの細身の寡黙な男性で「どのルートでいきますか?」「シートベルトをお締め下さい」と決められたマニュアルを淡々と話すだけだった。

 静かな空気が車内に流れる。

 私はその時、無性に尾崎が聴きたくなりスマホから曲をかけると、運転手さんが突然口を開いた。

「お客さん……失礼ですが、尾崎世代じゃないですよね?」

「あ、世代ではないです」

「いや、僕ね、ちょうど尾崎世代なんですよ。ドームも見に行ったんですよ。まだチケットの半券持っていますよ。なんだか久しぶりに聞いたなあ……」

 話を聞くと、この寡黙な運転手さんは生粋の尾崎ファンだったそうで、よくライブにも足を運んでいたらしい。しかし、ここ最近はめっきり尾崎を聞かなくなったようで、今日久しく耳にした『路上のルール』を聴いて、「やっぱり尾崎の歌詞は大人になってもいいなあ」と再確認して感動したとのこと。

 運転手さんとは、「あの曲のこの歌詞が最高ですよね」と尾崎談義に華を咲かせ、タクシーを降りようとした時、運転手さんがポツリと呟いた。

「お代は結構ですんで」

「え?いやいやそれはさすがに払いますよ」

「いえ、まさか尾崎の曲が聴けると思わなかったんで」

 深夜料金も加算されてメーターは5000円を超えていた。なのに運転手さんは一向に譲らない。私もそこまでは申し訳なかったので、「いや、結構高いんで本当に払います」と頑なに拒否した。