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●研究成果を"Translation"する「Advance Queensland」
ブリスベン、ゴールドコースト、ケアンズ、グレートバリアリーフ――魅力的な観光地が数多くあるオーストラリア・クイーンズランド州は、同国北東部に位置する人口約480万人の州だ。自然豊かな同州の経済を支えるのは、観光業のほか、鉱業、農牧業だが、経済の多様性を確保することを目的に、同州政府は1998年より「Smart State Vision」に取り組んできた。ナレッジベースの雇用創出に向け、科学・技術分野における専門知識を構築し、それを商業化・企業化していくことに焦点が置かれており、現在は「Advance Queensland」という名称でその計画が進められている。

Advance Queenslandの取り組みの一環として、州都ブリスベンには、最新鋭の設備を備えた新しい研究施設がいくつも立ち並ぶ。その中のひとつに、トランスレーショナルリサーチ研究所(Translational Reserch Institute:TRI)という、基礎研究から疾患の治療法開発までを一気通貫で行う"bench to bedside"を実現するための医療研究機関がある。TRIは、クイーンズランド大学やプリンセスアレクサンドラ病院などの共同事業によって2013年に設立された若い研究所だが、免疫療法や画像診断法、マイクロバイオームなどの分野で多くのプロジェクトが進んでいる。

TRI設立の発案者であるクイーンズランド大学のIan Frazer教授は、「TRIは、サイエンスと産業が一緒になった組織だといえます。アイディアレベルのものから基礎研究、治療法・ワクチンの開発、試験、製造までが一カ所に集まっています」と説明する。

TRIのオフィスは全面ガラス張りとなっており、物理的にも非常にオープンなのだが、実際にさまざまな立場の人がコラボレーションしやすい環境を目指しているという。「コラボレーションのためには、ミーティングを設定したり、直接部屋を訪ねたりすることももちろんありますが、施設内のコーヒーショップなどで病院の先生と科学者がディスカッションしているときもありますね。とても良い環境です」(Frazer教授)

筆者はTRIのほかにも、QIMR Berghofer医療研究所、クイーンズランド大学の脳科学研究センターや分子生物学研究所などを取材したが、どこも新しくかつオープンな環境だったのが印象に残っている。バイオ医療およびライフサイエンスを重点分野のひとつにあげているAdvance Queenslandのビジョンを反映させたものなのだろう。

このAdvance Queenslandを牽引するのが、2011年より同州のチーフサイエンティストを務めるGeoff Garrett氏だ。連邦科学産業研究機関(CSIRO)や南アフリカ科学産業技術研究所(CSIR)での経験を生かし、食糧、鉱業、感染症、サンゴ礁、バイオテクノロジー、医療などといった幅広い分野における科学・技術政策について、クイーンズランド政府に対し提言を行っている。

Advance Queenslandのビジョンを実現するために必要なものは何だろうか。Garrett氏は、2つの「T」であるとする。「ひとつめは"Talent"です。特に、最近成長しているバイオ医療の分野などにおいては、生産性を向上したり、挑戦したりすることが必要です。2つめのTは、"Translation"です。研究成果を、経済や社会、環境の利益へと転換していかなければなりません」(Garrett氏)

●どうすればコラボレーションは進むのか
研究成果や技術シーズの"Translation"を実現するもののひとつとして、日本でいう「大学発ベンチャー」があげられるだろう。筆者が訪れたロイヤルブリズベン&ウィメンズ州立病院(Royal Brisbane and Women’s Hospital)内のe-ヘルス研究センター(Australian e-Health Reserch Center)から生まれた「Cardihab」も、研究成果や技術を企業化した、いわゆる大学(研究機関)発ベンチャーだ。

オーストラリアでも日本でも、国民の死因の上位に位置する心臓病。無事に回復した心臓病患者も、定期的な心臓リハビリテーションが必要となる。しかし、通院の面倒さや困難さから、心臓リハビリテーションが必要な患者のうち1/3しか実施していないのが現状だという。

そこでCardihabでは、遠隔心臓リハビリテーションの研究成果や技術をもとに、家やオフィスなどでリハビリを行うことができるサービスを開発している。同サービスにおいて患者は、体重や血圧などのデータやリハビリの状況などをスマートフォンアプリへ入力する。その情報をもとに医療従事者は、Webや電話でリハビリの進捗を確認したりカウンセリングを行ったりする。同社CTOのSimon McBride氏によると、実証試験において、同アプリを利用した患者は通院回数を8割以上減らすことができたうえ、リハビリテーションプログラムをきちんと完了する患者の数が増加したという。

Cardihabはオーストラリアの連邦科学産業研究機関(CSIRO)の支援を受けて立ち上がったベンチャーだが、Advance Queenslandでもさまざまなスタートアップ支援の施策をとっている。日本においても、大学発ベンチャーを支援する動きが盛んになりつつあるが、研究成果や技術シーズをうまく"Translation"するためには、何が必要なのだろうか。Garrett氏は、起業家、産業界、学術界、政府など、さまざまな業界のコラボレーションが重要であるとする。

「コラボレーションを促すために私たちは、研究機関の評価方法を見直しました。従来、論文数やその引用数が重要とされていましたが、産業やビジネスとのつながりも評価するようにしました。イノベーションを実現するためにはなにより、一般市民や社会とのコミュニケーションが大切です」(Garrett氏)

日本の学術界は、閉鎖的でコラボレーションが起きにくい環境にあるといった話を現場から聞くことがしばしばある。では、クイーンズランドの研究機関のように、ガラス張りの研究設備にすればオープンな環境になり、コラボレーションが進むようになるかといえば、そうではないだろう。

「オーストラリアの学生に将来の夢を聞くと、医者になりたい、科学者になりたい、技術者になりたい、といったような答えが返ってきます。しかしそうではなく、○○を創り出したい、○○を変えたい、○○な世の中にしたい……といったように、もっと大きなビジョンを持った人材が育つ文化にしていかなければなりません」とGarrett氏が言うように、分野や立場、国を超えたコラボレーションを促し、イノベーションを創出していくためには、環境や制度の整備はもちろんのこと、大きなビジョンを持ち、それを共有できる文化の醸成というところも考えていく必要があるのではないだろうか。

(周藤瞳美)