脳卒中が激減した理由は?

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 50年以上にわたり福岡県糟屋郡久間町で続けられている「ヒサヤマ・スタディ」は、九州大学大学院第二内科が世界に誇る国際的にも評価が高い疫学研究「久山町研究」のことだ。もともと1961年の久山町研究開始当初の目的は、当時の日本人の死因第1位だった「脳卒中の実態解明」だった。

 研究チームが住民の解剖結果などを確かめたところ、脳卒中を発症した調査対象住民(1618人)のうち、約4分の1(410人)が高血圧者とのデータが明らかになったのである。

 それ以降、久山町住民は降圧薬を積極的に服用し、脳卒中死を急減させていく。1961年は1000人あたり6.3人だったのが、1974年は同2.3人、1988年は同1.4人にまで減少した。

 そうした取り組みは海外でまず認められ、米国立衛生研究所(NIH)は九州大に対し、1962年からの7年間で現在の価値にして3億3000万円の研究費助成を行なった。

 久山町では降圧薬の服用で脳卒中による死亡率だけでなく、発症率も低下した。しかし、しばらくすると発症率の低下はほとんど見られなくなっていった。久山町でヘルスC&Cセンター長を務める清原裕氏が分析する。

「(降圧薬の)投薬治療に加え啓発活動を通じて住民は食生活でも減塩に努めるようになった。飲酒や喫煙の割合も低下し(脳卒中の)死亡率は下がっていきました。ところが、発症はある時点から減らなくなるのです」

 その原因として浮かび上がってきたのが「糖尿病」である。脳卒中の発症が減らなくなるのと同じタイミングで急増していたのが、肥満(1961年、7.0%→1988年、24.1%)と、糖尿病を含む糖代謝異常(同11.6%→39.3%)だった。

 高血圧治療の効果を打ち消している因子は「糖尿病」ではないか―研究者たちはそう考え、久山町では1988年から、新たに「糖負荷試験(※注)」が一斉健診のメニューに追加された。

【※注:糖負荷試験。空腹時に採血した上で受診者に75gのブドウ糖を飲んでもらい、2時間後に再び採血。2度の血糖値によって糖尿病の判定を行なう】

 これは単に、「検査項目を一つ加える」という話ではない。

 国のメタボ健診では、糖尿病の診断は1回の採血(ヘモグロビンA1cの値の測定)と過去の病歴調査という簡易な手法が採られている。一方、久山町が採用した「糖負荷試験」は2回採血をして血糖値を測るなどするため、受診者1人につき最低2時間かかる。

 それだけ住民に負担を強いるものだが、研究チームとの信頼関係があったからこそ、検査を行なうことができた。清原氏が続ける。

「成果ははっきり出ました。2002年まで追跡して精度を高めたデータでみると、糖尿病患者の男性の脳卒中(ここでは脳梗塞)リスクは、正常な血糖値の男性のなんと2.5倍まで上昇したのです」

 血糖値が高い状態が続いてしまうと全身の血管で動脈硬化が進行して脳卒中を起こしやすくなる。現在ではよく知られたメカニズムだが、久山町研究がそれを明らかにするきっかけを作ったのだ。

※週刊ポスト2016年9月16・23日号