トラウマとは単なる「嫌な思い出」ではない

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執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)

悲惨な経験によって、心に負う傷のことを「 トラウマ 」(心的外傷)と呼びます。

象徴的に、よく「傷」にたとえられますが、傷といっても転んでできるようなちょっとしたケガとは違います。トラウマは、言わば致命傷に近い「大ケガ」に相当するものです。トラウマを負うと、長年にわたって苦しむこともしばしばです。

ここでは、トラウマの特徴を詳しく見ていきたいと思います。

「トラウマ」の由来



「トラウマ」という単語は、ギリシャ語の「傷」に由来します。

精神分析学の創始者ジークムント・フロイトにより、肉体に負った大きな傷が後遺症を伴うのと同じように、過去に受けた強い心理的ショックが、その後も長年にわたって精神に障害をもたらすことを発見されました。そこで、トラウマは「心的外傷」と訳されました。

精神医学的特徴

アメリカ精神医学会が発行する『DSM-5』(精神疾患の分類と診断の手引き)では、トラウマは次のように規定されています。

「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)のかたちによる曝露(身をさらすこと)」

1. 直接体験する

2. 他人に起こった出来事を直に目撃する

3. 近親者または親しい友人に起こった出来事を耳にする(家族や友人が死んだり、危うく死にそうになったりするのは、暴力的あるいは偶発的でなくてはならない)

4. トラウマを受けるような出来事の強い不快感を抱く細部に、繰り返しまたは極端に暴露される体験(遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待に繰り返し暴露される警官などが好例)

どんな出来事がトラウマとなるのか

武蔵野大学の小西聖子教授(心理学、精神医学)は、トラウマをもたらす出来事の特徴や、具体的にどんな出来事がトラウマをもたらし得るかを、次のようにまとめています。

<トラウマ をもたらす出来事の特徴>

出来事が予測不能であること。不意にやって来るし、後の「見通し」も立たない

コントロールできない。自分の力で事態を繰ることができない

起こっていることが非常に残虐だったり、グロテスクだったりする

自分が愛している人や大事にしている何かを失うこと(対象の喪失)

暴力的な出来事。これは特にトラウマをもたらしやすい

起こってくる結果に対して自分に責任があると感じたり、主観的に責任があるとどうしても感じられたりすること


<トラウマ となり得る出来事の具体例>

自然災害(地震、台風、洪水、竜巻など)

人為災害(航空機事故、鉄道事故、交通事故など):自分だけ助かったとか、家族を助けられなかったなどがトラウマになる場合もある

生命に関わる大ケガ

毒物を用いた犯罪や事故の被害(サリン事件や和歌山毒物カレー事件が有名)

誘拐、捕虜、監禁の体験

暴力的な犯罪被害(性暴力を含む)

児童虐待の被害(身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待を含む)

親しい人の突然の予期せぬ暴力的な死

ストレスとトラウマは別物

ひと頃、「トラウマ」は流行語のように日常会話の中で使われていました。しばしば、「ショック」「痛み」「嫌な思い出」といった意味合いで、軽いノリで使われています。しかし、これらはどちらかと言えば「ストレス」に近いものです。

トラウマは本来、ストレスやちょっとした嫌な思い出とは違います。例えば、ストレスの場合、原因(ストレッサー)にさらされていると、さまざまなストレス反応が起こりますが、ストレッサーを取り除くとストレス反応は消失します。

ストレスがこのように「可逆的」なのに対して、トラウマは本来、一度経験すると、もう元の状態に戻ることができないという「不可逆性」を特徴としています。
例えば普段の生活の中で起こるような離婚、病気で家族を失う、失業などは、大きなストレスにはなりますが、医学的にはトラウマになるような出来事の範囲には含まれません。

トラウマは、一生消えないような重い心の傷です。それゆえに、後からそれが心身の不調となって現れることがあります。その代表例が、最近よく耳にするようになったPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。


<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長