男木島の漁港に集まった猫 (c)朝日新聞社

写真拡大

 日本は「空前の猫ブーム」に沸いている。テレビ、雑誌、CMなどで猫を見ない日はない。「猫島」も注目のスポットだ。明確な定義はないが、徒歩で1周できるくらい小さくて、住民よりも猫の数が多いような島のこと。猫島を巡ると、かわいいだけでなく、それぞれの島が問題を抱えていることが見えてきた。ライター・瀬戸内みなみが「男木島」をレポートする。

*  *  *
 香川県の男木島(おぎじま)も猫島のひとつだ。周囲約5キロ、人口約180人、猫は推定200匹。平日でも1日30人ほど、週末にはもっと多くの来島者がフェリーから降りてくる。その男木島で今年夏、先進的なプロジェクトが注目を集めた。島に暮らす猫全頭を対象に不妊・去勢手術を施したのだ。

 この取り組みの画期的なところは、たくさんいる猫を観光資源のひとつとして建設的に捉えていることだろう。猫島は、なんとなく猫が増え、なんとなくひとがやってくるようになった、というところばかりだ。しかもほとんどが過疎化と高齢化に悩んでいる。地元の自治体も住民も猫に対応できずにいるというのが現状なのである。

 男木島は2010年から始まった「瀬戸内国際芸術祭」の会場のひとつになっていることから、アートのある島としても知られている。

「猫と人間が共生する島として、猫島のモデルケースにしたいと思っているんです」と男木地区コミュニティ協議会会長、木場健一さんが語る。

「島の自然に囲まれて幸せに暮らす猫たちを見て、人間が癒やされる。そうなったら最高ですね。猫の餌やおもちゃ、グッズなどを島内で販売するようにすれば、雇用も増えるかもしれません。島に活気が出て、移住者が増えれば島の存続にもつながります」

 自然の中で自由気ままに暮らす猫。それこそが観光客の見たいものであり、観光的価値といえる。それならどうして、という疑問の声もあがるかもしれない。

 手術をして生殖の権利を奪うのは人間の身勝手なエゴではないのか。

 しかし現実はそうではない。多すぎる猫というのは、やはり不自然なのである。

 猫が増えるのは人間がいるからだ。猫が自力でネズミや小鳥を捕食して生きているのだとすれば、それができない弱いものは淘汰され、増えすぎたりはしないだろう。男木島に限らず、猫が多い場所というのは、だいたい似たような経緯をたどっている。漁港に猫が多いといわれるのは、漁師が売り物にならない小魚を投げてやっていたからだ。

 またどんな集落にも必ず猫の好きなひとがいて、餌をやる。さらに観光客がキャットフードを持ち込めば、淘汰されるどころではない。それでも数が多すぎると、食べ物が行き渡らなくなる。

「あそこの猫たちは、おなかを空かせていました」

 プロジェクトに関わった香川県高松市の猫愛護団体、NPO法人「BONにゃん」代表の長町満里子さんがこう話す。

「初めて男木島の猫を見たのは、『猫島』として紹介されたテレビ番組でした。風邪をひいて涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった猫の顔が映し出されて、これは大変なことになっていると思いましたね」

 島に渡って視察したが、やはり明らかに栄養不良の猫が多かったという。キャットフードを送ってそれを与えるように指示し、体重を増やすところから開始した。猫が増えるのを止めるには、「TNR」という手法しかないと長町さんは考えている。捕獲し(Trap)、不妊・去勢手術をし(Neuter)、元の場所に戻す(Return)、の略だ。

 猫に困っているなら駆除すればいい、という考え方もあるだろう。しかし日本でも愛護意識の高まりから、国も自治体も猫の殺処分数を減少させる方向へ施策を転換しつつある。たとえ殺処分したとしても、猫が数匹でも残ればあっという間に繁殖して増え、結局はいたちごっこになることが多い。猫を殺さず、かつ数を減らそうと思えば、今いる猫に手術をするのがいちばん確実なのだという。

 猫への餌やりは手術後も続いている。以前に比べて毛艶は見るからに良くなり、鼻水を垂らす猫も見られなくなった。

 男木島に獣医師団を派遣し、医療費を負担したのが公益財団法人「どうぶつ基金」だ。TNRを広めていくことで、国内での猫殺処分をゼロにすることを目標に掲げて活動している。

「どうぶつ基金」では、先端をカットした耳をサクラの花びらに見立てて、TNRを施した猫のことを「さくらねこ」と呼んでいる。

「さくら耳は人間に愛されている猫の印なんです」

 理事長の佐上邦久さんはいう。

「手術後も『地域猫』として、地域のひとたちに見守られながら暮らしているのです。ですから、さくらねこに出会ったらその背後に優しいひとたちがいるのだと思っていただきたい」

 島(あるいは地域)の猫に丸ごとTNRを施すという試みは、男木島が初めてではない。「どうぶつ基金」が関わった例では、希少種のアマミノクロウサギを守るための鹿児島県・徳之島での取り組みが挙げられる。ノラ猫や不適切な飼い方をされている猫は、その土地の生態系を壊してしまうこともあるのだ。

 アートの島である男木島に、観光地・猫島としての安定的価値が加われば、島の未来は明るいのではないか、とも思われるのだが、そう簡単ではない。島の住民の理解が、最も大きな課題になっているのだ。島の飲食店関係者はこう話す。

「本当は観光客も猫ではなくて、島の自然を楽しむために来てくれればいいと思うんやけど……。猫さまさまであることはわかっているけど、じゃあみんなで世話をしましょうということになると、それはちょっとねえ」

 島民のほとんどは猫に関心がないのだ。

 観光客が増えて島がにぎわい、それが少なくとも一部は猫のおかげであることは理解している。

 しかし積極的に関わることには抵抗がある、という声が多い。

 それでも、男木島には「理想的な猫島」としての可能性が色濃くある。

 島全体も小さいが、ひとが住む集落はさらに狭く、細い坂道が入り組んでいて、迷路のようで楽しい。

 夕日の落ちるころ、のぼりきった坂から眺める瀬戸内海の眺めは絶景だ。

 芸術祭に出品されて残されたアート作品が、のどかな土地柄にポップな趣を添えている。

 そして猫たちが、満足そうに島を歩き回る。草むらにのんびり寝そべり、屋根の上で日向ぼっこをする。その豊かな静けさは、都会でも他の島でも見られない、男木島という猫島ならではの幸せな光景になるはず。男木島が実現しようとしているのは、単にかわいいだけではない猫の「戦略的価値」を突き詰めた、「猫島の最先端モデル」なのだ。

週刊朝日 2016年9月16日号