今回の問題をめぐり、PCデポが発表した文書。高齢者向けサポートの内容の一部見直しなどが含まれる

パソコンショップ「PCデポ」をめぐる「炎上」事件。事の詳細はすでに多くのメディアで報じられているので繰り返さないが、高齢者に対する過剰とも思えるサポート契約については、その是非が大きな議論を呼んだ。

当の「高齢者」の側から見て、こうしたサポート契約はどう映るだろうか。自らも83歳、地元の高齢者へのパソコン教室の講師にも立っているぶらいおんさんに、思うところを尋ねた。

筆者自身は「サポート」利用する気はないが

パソコンショップ「PCデポ」が、高齢者に高額のサポート契約を結ばせたことが議論を呼んでいるようだ。契約内容をよく理解していない高齢者をターゲットにして売上げを図ろう、ということなら無論言語道断だし、解約には高額の費用を要するというのもまた、看過することはできない。

実はこの具体的ケースに限らず、一般に、こういったPCや類似の電子機器を対象とする今の「サポート」という仕組み自体に色々な問題が含まれているのでは無いか、と筆者は自身の体験から、かねがね考え続けて居る。

従って、ここで述べようとしているのは、「PCデポ」の今回の具体的事例にも触れる一方で、もっと広い立場に立って、「サポート」と称する業態について、筆者の考えを記してみたい。もっと言えば、単に高齢者に限らず、専門家、技術者では無い一般ユーザーの一人として、実際の体験から感じているサポートの問題点を考えてみたい。

実を言うと、筆者ぶらいおんは最近では「サポート」を利用することは殆ど無い。理由は、実際には余り役に立たない、というのが大きいが、先ず、費用対効果では無いが、一般的にロスの方が圧倒的に大きい(というのが、筆者の見解である)。

それは大体どなたでも経験されたように、先ず、電話の場合などでは話し中ばかりで、なかなか繋がらないことが多い。メールのサポートの場合、筆者などは文章を書くことは然程面倒では無い方だが、そうでない方も少なく無かろう。また、大体の場合、メールを書き込む場所、肝心の相手のメールアドレスを確定できる場所(サイト)に辿り着くまでに「よくある質問」という余り役に立たない事例を散々読まなければなら無かったりして、実に時間が無駄だ。

また「サポート」を受ける際に、問題となるのは、サポートを受ける側である、被サポート者とそのサポートを提供する側の、サポート者双方の能力(というか、実経験とか理解度とか、問題の把握能力など)についての度合いである。両者のそれが全く、食い違っている場合などは最悪だ。言葉の通じない国に突然、一人で放り込まれた旅行者のようなものだ。

この場合、サポート者の方が何時でも能力が高い、とは限らない。被サポート者の発言内容を理解出来ず、只管マニュアルを参照しながら、ピントの外れた回答ばかりし続けるサポート者に遭遇すると、或る程度の経験を積んだユーザーなら「この電話を早く切り、インターネットの検索でもしたい」と考えるに違いない。

結局、筆者もそのような体験を数多く経て来ているので、原則として「サポート」は利用せず、専らインターネット上で同種の問題に悩み、その解決法を達成した記事を読んでトラブルを自分で解決するケースの方が、現在では圧倒的に多い。

しかし、大抵の場合、その前に、そのアプリケーションの作成や販売に関わった組織などに一応、質問の内容を端的にぶつけてみる。その反応次第で、そちらをフォローするケースもまた、ある。結局、一番大事なのは、そのリアクション次第で、被サポート者とサポート者双方のマッチングの良否が判定できる。もし、良い場合は、こちらが求めている要点について、役立つヒントが必ず返って来る。

こういう状態こそ、いわゆる「サポート」が有意に成立し得る必須条件である、と筆者は考える。

しかしながら、こんなことは、サポート契約を締結する前には誰にも分かる筈が無い。サポート者や被サポート者の能力や経験などは、それこそ千差万別だからである。

被サポート者サイドでは、このような局面をクリアしてから契約を締結したいものだ、ましてや、契約費用が高額だったり、解約費用もたっぷり請求される恐れがあるなら尚更だ。

しかし、一方、企業者サイドで、兎に角利益を上げることだけに専念しようとすれば、そんなことまで一々構ってはいられないだろう。前述のパソコンショップも、むしろそれを逆手にとって、被サポート者のサポートそのものより、一つのビジネスモデルとして、今までの業界の常識を打ち破ろうとしたアイデアを追い求めたように思われる。

(以下は、インターネット上の関連情報を、筆者が一読した記憶に基づくものであることをお断りして置く。十分な確認をしたものでは無いので、記憶違いなどの可能性もある。)

曰く、「サポート対象機器は自社(自店)で購入したものに限らない」「サポートする機器の台数も1台に限らない」「サポート対象機器も、たとえばPCに限らず、タブレットやスマホも可」

美味しそうに見える、これらの条件を、単なる餌にして、高額な費用の請求を最終目的としたり、未購入の機器を押し売りしようとする悪意が優先しているなら、無論、そのような契約方法は社会的にも許容されるものでは無いし、また意識的に高齢者(それも複雑な契約内容をすんなり理解出来そうも無い者まで)を無理やり取り込もうとする意図が最初から存在するなら言語道断、と言うべきである。

しかし、ここで筆者の意図は、その種の問題に集中して、論ずることには無い。そうでは無く、純粋に「サポート」の問題として考えるなら、上に述べたような条件は、むしろ一般ユーザーにとって歓迎すべきものではあるまいか?と考えるのである。

筆者ぶらいおんが講師として関係している、公民館パソコン教室での高齢者の状況を見ていると、もし、「他店購入の電子機器でも相談に乗って貰える」「その店で購入しなかったタブレットでも、スマホのことでも相談に乗って貰える」、ましてやPCとタブレットあるいはスマホを連携して活用する方法まで的確にサポートして貰えるなら、これは大変有用なサポートである、と多分、感じることであろう。

ただ、筆者が危惧するのは、ことはそう簡単には進まないだろう、とむしろ、考えて居ることだ。堂々巡りの恐れも出て来るのだが、この種の電子機器は、一般、特に高齢者ユーザーにとっては、未だにブラックボックスそのものである、ということが問題なのだ。

従って、技術的観点からは、この種の機器の利用について、早急に、このブラックボックス問題を解決することが先決であろう。誰でもが、たとえば小学校に上がったばかりの児童でも、平均寿命に近い超高齢者でも、誤りなく使いこなせるくらいの道具になら無ければ、依然としてサポートの問題は残るだろう。

筆者の結論は、この種の電子、電気機器のサポートに際しては、それが正しく機能するためには、サポート、被サポート両者の知識や能力とマッチングすることが必須条件であり、これが満たされない限り、所詮「サポート」という羊頭を掲げても、その内容は狗肉に終わるであろう、ということになる。

今更、筆者が言うまでも無いのだが、現段階での、上掲した類の電子、電気機器を少なくとも或る程度使いこなそう、とすれば、現存のサポート体制などに従っていては、多分、満足な問題解決には程遠いであろう。

残念ながら、今の段階では、この種の機器のトラブルを解決するためには、自分の経験と能力を高めるしか無いだろう。それには、自ら機器に触れる機会を増やし、常に問題をうやむやにせず、トラブル解決のための努力を惜しまないことだ。
少なくともPCに触れようとする人は、インターネット上の情報を最大限に活用することだ。ここには、我々が知りたいような情報は殆ど何でもある、と言っても過言では無い。

繰り返しになるが、筆者ぶらいおんが、いわゆる「サポート」を利用することは事実上、殆ど無い。それは先ず、回り道になること必定だからである。それこそ、自らの手と、眼と頭を使って、インターネットの検索で集めた情報を取捨選択し、自分の機器で検証し、採用し、運用しながら経験を積んでゆくより確かな方法は今のところ、存在しない、と考える。

自分の財布から支払って購入した機器なら、十二分に活用して元を取らなければ意味が無いし、第一、人が普通に使っている物を、自分だけが使えないわけが無いし、もし、使えなければ自分が悔しい思いをするだけでは無いか?また、こんなに便利な物を使って楽をし、今まで知らなかった楽しみを味あわなければ、購入した意味も無いというものだ。

この種の機器は、当然爆弾のような危険物では無いので、どんな使い方をしようが誤って爆発するようなことは無いし、落としたり、叩いたりしなければ、単にキーボードを打ち間違えたくらいで壊れたりすることは絶対にない。また、今更、高齢者が失敗を恐れることなど、さらさら無いのだ。長く生きていれば、失敗など数多く繰り返しているに違いない。それでも、あなたは確り生きているでは無いか、ご同輩!

PCだって、最新の電子機器だって同じことである。高齢者には比較的時間的余裕があるのが普通だろう。それを最大限に活用する。自分の知りたいことは、必ずインターネット上にある。それを探して、取り敢えず、その通りにやってみる。上手く行かねば、やり直す。何度かやってみて、それで失敗しても、それなりに分かって来ることが増えて来る筈。それは、次の問題が起こったときに必ず役に立つものであり、それを積み重ねることによって、どんどん引き出しが増えて来る。それが、また次の問題に立ち向かうときに非常にプラスに働くことになる。

筆者は、現存の「サポート」という仕組み自体が、事前に本来どうしても解決して置かねばならない問題を包含したまま、残留させた状態にある、と考えている。従って、現状のような形態の「サポート」のままでは問題の根本的解決には、当然、至らないであろう。

では、どうすればよいか?実は、筆者にも即答できる解は無い。それは多分、現在未解決の問題点が全て解消するような事態となった場合に限り、そのサービス業態(有料にせよ、無料にせよ)を確立出来るかも知れない。だが、残念ながら、そんなことは実際には、あり得ないだろう、とすら筆者は考えて居る。

それに対し、そうした考えを見事に打ち破るような、思いもよらぬ、新たな「サポート」態勢が現出したりすれば、それはそれでユーザーの裾野を広げる画期的な現象となることは間違い無い。

筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh