■竹下佳江インタビュー(前編)

 女子バレーボール全日本のセッターとしてロンドン五輪の銅メダル獲得の立役者となった竹下佳江さんが、今年6月、女子バレーボールチーム「ヴィクトリーナ姫路」の監督に就任した。アスリートの妻であり、一児の母でもある竹下さんが、監督として再びコートに戻ってきた理由は何だったのか。そして理想の監督像とは?


── ヴィクトリーナ姫路に最初に声を掛けられたのはいつですか。

「姫路にチームを作ろうという話は結構、前からありました。正式に監督のオファーをもらったのは2年前くらいですかね」

── 最初にオファーが来たときは、率直にどのように思われたのでしょうか。

「私が監督なんて絶対ないでしょうと思いました(笑)。ずっとお断りしていましたし......」

── 指導者になることに興味はなかった?

「なかったですね。周りの方からは、『指導者になるべきじゃないか』とか、『やったほうがいいよ』って言われていたんですけど、監督という立場とか役割とかいろんなことを考えたときに、やっぱり難しいので、やりたくないと思っていました」

── 竹下さんはご結婚されていて、お子様もいらっしゃいます。特にご主人はプロ野球選手(広島・江草仁貴)ですから、アスリートの妻という特殊な立場でもあると思います。その点も就任をためらう要因のひとつでしたか。

「もともと現役を引退してからは、主人がメインでバックアップできればいいなと思っていました。あと、子どもが生まれると、やっぱり子どもの優先順位が高くなるので、そういったところがおろそかになるのであれば、監督以前に、お仕事そのものもやるべきではないと思っていたんです。今ちょこちょこと仕事をやらせてもらっているのは、主人の理解があってこそだと思っています」

── 監督のお話が来たとき、ご主人はどのような反応でしたか。

「最初に私が『仕事はしない』と言ったとき、彼は『それだと息が詰まるんじゃない?』って。それで少しずつ事務所にお仕事を入れてもらって、ここまで来たんですけど、監督の話が正式に来たときも、『自分がやりたいのなら、やればいいんじゃない』と 。いつも私の意思を尊重してくれるので、私次第という感じでしたね」

── 監督就任を決断された一番の理由は何でしょうか。

「私しかいないんだっていうことを、何度も言ってもらったんです。そうやって必要とされるところはなかなかないわけで、私自身、現役時代に必要とされない時期もあったので、必要とされる大事さも分かっていました。誰にでも与えられるチャンスではないですし、やらざるを得ないという思いもありましたね。あとは、結婚して子どもも生まれて、そのなかで監督をやることの難しさはあると思うんですけど、逆にそういったところをクリアしていけば、メッセージを出せるのかなって思ったんです。働く女性であったり、子どもを持って頑張っている女性であったり。逆に仕事をやりたいけどできないという人たちに、何か届けられるのではないかという思いもありました」

── チーム作り、選手集めのところから携わっていらっしゃるわけですよね。

「そうですね。ただ、会見が会見だっただけに、私がチームを立ち上げた、みたいな感じになっていますけど......(苦笑)。そうではなくて、私はあくまで監督という立場がメインです。もちろん、スカウトのために選手を見に行くこともありますし、子どもを育てながらということで、そういった環境整備も含めて土台作りだと思っています。その部分もやりつつ、来シーズンからリーグに加盟できれば、本格的に指導していく感じですね」

── 全選手プロ契約の予定とお聞きしました。

「そうですね。ただ、地元に根付くという意味で、地元で育成していく育成契約という形も取りながら進めていきます。プロ契約の人数はやっぱり制限されますので」

── いま育成契約の選手は、大学生ですか。

「大学生と、地元の企業で働きながら、バレーをしたいという子たちが集まってくれています。今後、一緒に練習ができるのかということも含めて、地元企業の方にお願いしながら検討しないといけないのですが......」

── 現在、3選手とプロ契約を結んでいて(セッター・河合由貴、リベロ・片下恭子、ウィングスパイカー・筒井視穂子)、8月上旬にはトライアウトも実施されたそうですが、いい選手はいましたか。

「そうですね、数名ほどいました。やはり、トップリーグでやっているチームは、それなりの選手を確保できると思うんです。そのトップチームに入れなかった選手たちがトライアウトに回ってきているので、魅力的な選手は何人か、という状況でしたね」

── 竹下さんは現役時代、当時としては日本で唯一の女子プロ契約選手となりました。プロでよかったと感じたことはありましたか。

「よかったことよりも、1年、2年でクビを切られることもあるので、厳しいことのほうが多いのかなと思います。ただ、バレーボールは基本、年中シーズンみたいな感じなので、個人活動というのがなかなか難しかったんです。でも、プロ契約を結んでいただいてからは、バレー教室に参加できたり、活動の幅を広げられたので、そこはちょっとよかったかなと思います」

── いま契約している3名は一度引退して、バレーボールから離れていたと聞いています。竹下さんも02年4月にNECを退社され、8月にJTで復帰されるまでブランクがありましたが、やはり彼女たちの気持ちが分かりますか。

「復帰するって、体力的にも精神的にもすごく大変なので、できれば現役の子が契約してくれるのが理想だとは思うんですけど、チーム事情もありますし......。不安もあるとは思いますけど、ゼロからなので、やりがいも感じているんじゃないのかなと、一緒にいて感じますね」

── 竹下さんは復帰したとき、「バレーって楽しい」と思われたとか。3人も同じ気持ちでしょうか。

「この前の試合のあとにそういう話をして、『バレーボール楽しい?』って聞いたら、『負けたのはすごく悔しかったけど、すごく楽しい』と言っていたので、そういう気持ちを大事にしてほしいなと思います」

── そういう人たちと一緒にやることで、育成の子たちも何か感じるのでは?

「育成という形で一緒にやっている地元の子たちは、やはりレベル的に少し落ちるんですよね。その子たちがプロ契約の選手と一緒にやって、すごいなと思ったり、こういうふうになりたいって思うことは、とても大事なことだと思います」

── 昨年出版された著書(『セッター思考』PHP新書)に、「今の時代はセッター型のリーダーが求められる」と書かれていましたが、その考えはいまも変わりませんか。

「これからどういう時代になっていくのかわからないですけど、自分たちが若いときはワンマンな監督でも、それが正しいと思ってついていっていたので、それもアリだとは思います。でも、いまは言葉を並べて、ちゃんと理解させないと納得してもらえないことが増えてきているので、しっかりコミュニケーションが取れるトップのほうが理想的なのかなと思いますね」

── 竹下さんは小学5年生くらいからずっとセッターだったそうですが、典型的なセッタータイプだと思われますか。

「ポジションが自分を育ててくれたっていうのはあると思います。ただ、『バレーをやっているときはそうかもしれないけど、普段は違うからね』って、よく主人に言われますけど(笑)」

── 著書のなかではセッターは"黒子"と表現されていました。アタッカーの力を引き出してあげるのが役割ですよね。

「そうですね。私は人のために何かをすることが苦じゃないんです。逆に、人が喜んでくれるのがうれしかったり......。そういうところがあるからできたのかなとは思いますね。自分が、自分がとなってしまうと、うまくいかないのかなと」

── 野球ではキャッチャーがグラウンドの監督と言われていますが、バレーボールではセッターがその役割を担っていると思います。現役のときからすでに監督の思考が入ったポジションだったのでは?

「『コートのなかの監督』とも言われるんですよね、セッターは。監督が理想とすることをできないといけないと言われるポジションなので、そういった意味で少しイコールするところはあるかもしれないですね」

── 監督の理想像はありますか。

「現役中もよく、『どんな選手を目指しますか』とか『誰みたいになりたいですか』と聞かれたんですけど、私は身長が低かったので、誰々選手みたいにというよりも、自分ならではの形が最終的にできればいいなと思っていました。それと同じような気持ちですね。女子監督は増えていますけど、一緒のことをやろうとも思いません。ただひとつ、会見でも言いましたけど、"監督様"みたいにはなりたくないですね。やっぱり選手が一番だと思うので。でも、選手のワガママでチームが進んでいくのはちょっと違うと思う。そういった道標というか、方向を示してあげられるような監督ではいたいなと思います。いい、悪いはちゃんと言えると思いますね。グレーな感じで終わることはない。YES、NOをちゃんと言わないと、選手もどうしていいかわからないと思うので......」
(つづく)

岡部充代●文 text by Okabe Mitsuyo