『前科おじさん』(スモール出版)

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 高野政所という人物をご存知だろうか? 2010年代はじめ、コアな音楽ファンから熱狂的な支持を得て、サブカル界に強い影響を与えたDJ、ミュージシャンだ。

 実は『おそ松さん』(テレビ東京)で社会現象を起こした藤田陽一監督も高野から影響を受けたひとり。藤田監督は高野が運営していたクラブ「ACID PANDA CAFE」に足しげく通い、高野がブログで提唱した「自意識ライジング」という言葉を『おそ松さん』で使用し、後述する高野の本にはこんな推薦文まで載せている。

「『おそ松さん』だって、この男の影響がなけりゃできてないですよ」

 高野が最初に注目を集めたのは、ラジオパーソナリティとしてだった。2009年より『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)にほぼ準レギュラー状態で何度も出演、そのトークの腕を買われて11年からは『ザ・トップ5』(TBSラジオ)のパーソナリティーを任せられるにまでいたった。

 一方、ミュージシャンとしてもインドネシア産のダンスミュージック「ファンコット」などをJ-POPに持ち込み、川島海荷の所属していたアイドルグループ・9nineをはじめ多くのアーティストの作品に楽曲提供やリミックスで参加。14年12月にはユニバーサルミュージックからメジャーデビューまで果たした。

 しかし、15年3月3日、飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼のキャリアに致命的な打撃を与える事件が起きる。大麻所持での現行犯逮捕である。地上波のニュース番組でも大きく報じられたので覚えている方も多いだろう。結局、この件は懲役6カ月、執行猶予3年の判決がくだるのだが、彼はこの逮捕を重く見て、「ACID PANDA CAFE」は閉店、DJ業もラジオパーソナリティ業もいったん止め、1年間の活動自粛を宣言した。

 現在は謹慎も解きDJ業も本格的に再開させつつあるのだが、そんななか、留置場で過ごした日々を反省と自虐を込めて書き下ろした獄中記『前科おじさん』(スモール出版)が出版され話題となっている。

 当然のことながら留置場での生活では、普通の日常生活で絶対に体験しないようなことが連続して起きる。1日目からしてこれだ。

〈すぐに身体検査で裸にされた。そしてパンツを下ろして、床ではなく壁に手を着いて肛門の中までチェックされる。確かにこれは情けないし、人権が一気になくなった感がある。
 それから、自分は仮性包茎なもので普段はちんちんの皮がかぶさっているのだが、「ハイ、剥いて」と言われて、自分で自分のモノの皮を剥いて亀頭を露出させられチェックされた。「いやー、さすがにケツの穴やちんこの皮に何か隠したりはしないだろう!」と思いながら、「いよいよ始まったな」とも思った〉

 こうして彼が入れられた「第八居室」には、現役のヤクザ、振り込め詐欺グループの幹部、万引き犯のベトナム人とバラエティ豊かな面々が揃っていた。そして高野氏は一見「イカツイ」容姿からヤクザ者と間違われ、留置場に入るなり現役ヤクザからいきなりこんな質問を受けたと言う。

「初めてだってね? どっかの組にいるの?」

 考えるだに恐ろしいメンツが揃った居室に入ることになり、高野氏ははじめリンチを受けるのではないかと心配したらしいが、そんなことはなかった。むしろ、裏社会に生きる人たちの意外に親切な側面を垣間みることになる。特に、振り込め詐欺グループ幹部のいわゆる「半グレ」の男は、詐欺という容疑だけに留置場にいる期間も長く「室長」というあだ名をつけられていたのだが、彼に親切にしてもらったエピソードが多く紹介されている。

 現行犯で突然逮捕されてしまったため、周囲の人間と何の連絡もとることのできぬまま姿を消してしまった高野氏。恋人とも、締め切りのある案件を抱えた仕事相手にも一言も言えずに人間蒸発してしまったわけだが、せめて逮捕されている事実だけでも周囲に伝えたい。しかし、弁護士以外との接見が禁止されている逮捕から48時間(いわゆる「ヨンパチ」)は外部との連絡をとる手段がまったくない。そこで困り果てていた高野氏に対し、室長はこうアドバイスしてくれたと言う。

「留置場に拘束されている被疑者は、いつ何時でも弁護士を呼ぶ権利があるから、弁護士を使って身内に連絡をしてもらう方法がある。ただ、電話番号が分からないんだったら、すぐに伝える方法だとすると電報しかない。弁護士を呼んで電報を頼むんだね」
「決まった弁護士が現時点でいなくても、弁護士協会に当番弁護士というのが常駐していて、担当官に言って呼び出せばその日の当番で入っている弁護士が来てくれるよ。当番弁護士の接見を希望しますと担当官に頼めばいい。どんな奴が来るかは分からないし、基本、当番で入ってる奴だから、やる気はないけども、パシリを頼むことくらいはできるから」
「まぁ初めてパクられると、こういうことも分からないからねえ。分かることなら答えるから、何でも聞いてよ」

 当然、留置場の担当官はこんなことは一切教えてくれなかったわけで、室長がいなければ、高野氏の檻の中の生活はより厳しいものとなっていたのは間違いないだろう。

 留置場の生活ではありとあらゆる場面で担当官による被留置者への嫌がらせが繰り広げられる。しかも、それは端から見れば笑ってしまうほどくだらなくて子どもじみたものでもあり、ひたすら被留置者をいじめ抜いている看守のイメージからすると少し意外な一面でもある。

 たとえば、食事中のBGMである。昼食と夕食の時はスーパーでかかっているような、J-POPの懐メロをインストアレンジしたものがかかるそうなのだが、一度変にひねりを加えた選曲をしてきたことがあったという。『暴れん坊将軍』のテーマをバージョン違いで何度もリピートし、その後に続けて『必殺仕事人』のテーマもバージョン違いで同じように繰り返しかけられた。DJという仕事柄もあってか面白くなってしまって思わず反応してしまうと、室長はすかさずこう言い放ったという。

〈室長が「こいつら、笑わそうと思ってやってますから、こんなもんに反応しちゃダメですよ」と冷静に言い放った。「確かに」と思った。こういう細かいところでも、被留置者と担当官の意地と誇りをかけたバトルはあるのである〉

 もうひとつは留置場ファッションをめぐる攻防だ。留置場では規定に合う私服の持ち合わせがない場合、留置場にストックされている服を貸し出してもらうのだが、そこには留置場の貸し出し服であることを示す「トメ」という字が書かれており、通称「トメ服」と呼ばれている。この「トメ」の書き方をめぐっても、しょうもない嫌がらせがあったと本書には書かれている。

〈"トメ"の書き方には色々なパターンがあり、地検で各警察署の被留置者が集まる時などはなかなか見ごたえがあった。各警察署ごとに(担当官のクソいまいましい遊び心で)趣向を凝らしてあるのだが、"TOME"とアルファベット表記してあったり、ちょっとロゴ風にアレンジしてあったり、渋谷警察署のトメ服という意味で"渋留"と書かれているもの、野球のユニフォームのネーム風に"SHIBU TOME"と書かれているものなど、本当に余計なお節介と遊び心に溢れていて、いちいち癇に障る代物だった。
 最もヒドい悪ノリが感じられたのは、adidasのマークのパロディ風にtomedasと書かれていたものだ。そんなものを楽しむ余裕もない我々被疑者は、担当官のクソみたいな遊び心で書かれたtomedasでも黙って着るしかない〉

 こんな感じで、高野らしいツッコミが満載の同書。一般的な獄中記ではあまり明かされることのない、留置場の意外な側面を垣間みることもできる。
(新田 樹)