『だれかの木琴』 (C)2016 『だれかの木琴』製作委員会 上

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(…前編「社会の闇や不条理を歌うプロテストソング〜」より続く)

【音楽を聴く】
後編/井上陽水「最後のニュース」がミステリアスに響く『だれかの木琴』

選曲だけでなく音響効果も独特

前編で触れたように、東陽一監督作品の音楽は“ありもの”が流用されることが多い。オリジナル曲よりも既発曲を聴き込むことでインスピレーションを受け、作品の世界観を広げていく創作スタンスのようで、本作でもエンディングテーマの「最後のニュース」のほか、いくつかの既発曲が効果的に使われている。

始まって間もなくかかるDj Mitsu The Beats & MARUによるダウナーなブレークビーツの選曲は意外に思えるが、その不穏なサウンドは本作がただのラブロマンスや不倫映画ではないことを暗に理解させる。そのほか、リュート奏者のつのだたかし率いる古楽器バンドのタブラトゥーラ、マリンバ/木琴奏者の通崎睦美の楽曲などが効果的に使われているが、これらはほぼ東監督自身の希望によるものだという。実際、本作のクレジットには音楽監督の名前が記載されていない。

音楽だけでなく、音響効果が凝っていることも東映画の魅力のひとつだ。本作では自分の感情をコントロールできない小夜子の混乱した心の内を描き出すように、頭上で騒々しく鳴るヘリの飛行音が数分間続く。ヘリそのものは映像として見せず、それが現実なのか小夜子の幻聴なのかを明確にしないところは、本作のテーマそのものにも通じている。

常盤貴子が美容師に恋をする、というストーリーだけを聞くと、30〜40代の人なら2000年のTBSドラマ『Beautiful Life〜ふたりでいた日々〜』を思い出すかもしれない。当然この2作には美容師というワード以外に何の関連性もないが、女優としての彼女の振り幅をシンメトリカルに映し出しているように思えて興味深い。(文:伊藤隆剛/ライター)

『だれかの木琴』は9月10日より公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。