『だれかの木琴』 (C)2016年『だれかの木琴』製作委員会

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【映画を聴く】
前編/井上陽水「最後のニュース」がミステリアスに響く『だれかの木琴』

東陽一監督自身によるの選曲の妙に注目

警備会社に勤める夫の妻として、中学生の娘の母として、手に入れたばかりのマイホームで幸せな日々を送っているかのように見えるひとりの女性。初めて入った美容院で接客を受けた若い男性美容師の営業メールに返信したことから、彼女と彼女を取り巻く日常は次第に変化していく。

井上荒野の同名小説を東陽一監督が映画化した『だれかの木琴』は、きわめて独特な後味を残す作品だ。常盤貴子の演じる親海小夜子と池松壮亮の演じる山田海斗が道ならぬ恋に溺れるラブストーリーではないし、小夜子の海斗に対するストーカーめいた行為をサイコスリラー風に演出するサスペンスでもない。誰の日常にも生じ得る心の隙間を、劇中でたびたび鳴らされる木琴の音色のように、叙情性とは対極の乾いたトーンで描写し、見る者を特定の感情に落とし込むことがない。

東監督といえば、近年の『風音』や『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』もそうだったように、音楽は基本的に“ありもの”を流用することが多い。前者では沖縄を舞台としながらルーマニアの大所帯ジプシーバンドのタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを全編にフィーチャーし、後者では忌野清志郎の遺作となったアルバム『夢助』のオープニング曲「誇り高く生きよう」を主題歌に起用。その選曲センスで平凡な劇伴音楽とは異なる効果を物語にフィードバックしてきた。

本作のエンディングテーマは、井上陽水の「最後のニュース」。世の中のさまざまな闇や不条理を字余り気味で捲し立てるこの曲は、もともと筑紫哲也が自身のニュース番組「NEWS23」のテーマ曲として陽水本人に依頼し、1989年にシングルとしてリリースされたもの。プロテストソングと言っていいメッセージ性を持つこの曲がニュース番組のテーマ曲だったこと自体が今となっては驚きだが、どこか聴き手を慰撫するような陽水のクルーナーヴォイスとシンプルな伴奏は、本作の持つ不可解さ、行き場のなさと相まってミステリアスに響く。(後編「常盤貴子が美容師に恋をする〜」に続く…)