本書は、南シナ海が戦前「新南諸島」の名で日本軍が支配していたこの海域の戦後処理と大きくかかわっていることを、歴史、国際法、国際政治の手法を駆使して明示。東シナ海尖閣諸島や沖ノ鳥島問題などの紛争や対立を「妖怪・領海ナショナリズム」の連鎖と断じている。

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南シナ海の領有権を巡る中国とフィリッピンの紛争について、仲裁裁判所が「九段線」など中国の主張を退けた判決を下したが、著者によるとこの問題は歴史と複雑に絡みっている。戦前日本軍が支配していた南シナ海の戦後処理と大きくかかわっていることを、国際法、国際政治の手法を駆使して明示。東シナ海の尖閣諸島や沖ノ鳥島埋め立て問題などの紛争や対立も含め、「妖怪・領海ナショナリズム」の連鎖と断じている。

著者は、今日に至る混乱は、戦時中の日本軍の南シナ海全域占領と1952年の「日華平和条約」に起因すると指摘。この条約は当時の中華民国(台湾・中国)との間で締結されたが、第2条で、日本は「台湾及び澎湖諸島並びに新南諸島及び西沙諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と定められた。

新南諸島は紛争の焦点となっているスプラトリー(南沙)諸島のことだが、この放棄宣言のあと、ベトナム、フィリピンなどの沿岸国が実効支配を進め、条約当事国の台湾・中国は出遅れた。「日本政府が列挙した13の島しょのうち台湾が太平島を実効支配したほかは、残りの12島をフィリピンとベトナムが各6島づつ等しく分けた合った」という。

その上で、著者は「当時の弱い海軍力のもとでなすすべもなく、遅れて実効支配競争に乗り出した中国には、海洋法上の『島の定義』に合致するものは1つとして残されておらず、そこから中国流の岩礁の人工島化作戦がスタートした」と指摘。「日本の敗戦から数十年に及ぶ沿岸諸国の実効支配競争と滑走路建設は不問に付して、遅れてこの競争に参加した中国のみを非難し、攻撃するのは明らかにフェアな態度ではない」と疑問を投げかける。

仲裁裁判所の裁定は、200カイリの排他的経済水域(EEZ)及び350カイリまでの大陸棚延伸の権利を持つ「島」の条件を厳密に規定し、この条件を欠くものは「岩」と認定した。

著者は領海ナショナリズムを抑制するため、外交的な解決のアプローチを提唱、これは判例として今後も踏襲されることになる。沖ノ鳥島で日本政府が800億円以上もかけて護岸工事を進め、大陸棚延伸の権利を要求しているが、この判決が沖ノ鳥島を直接拘束することになり、無駄となるとの指摘も鋭い。

北大西洋のロッコール島を巡る紛争を解決に導き、南極条約でも中核理念となった「グローバルコモンズ(国家の管轄外にある公共財)」 の考えが、南シナ海の領土・領海紛争にとっても外交的な解決手段となると提言する。

著者は、安部政権の「中国封じ込め外交」は領海ナショナリズムを煽ることになると批判、南シナ海の非当事国として中国との巧みなつきあい方を追求すべきだと訴えている。また「領土問題での日本のメディアは一方的で、真実を報じていない」とのメディア批判も随所で展開されており、注目に値する。(評・八牧浩行)

<矢吹晋著『南シナ海―領土紛争と日本』(花伝社、2000円税別)>