鎌倉みよし 行列のできる手打ち釜揚げうどんの店。営業はうどんがなくなり次第終了 鎌倉市雪ノ下1−5−38 こもれび禄岸1階(撮影/写真部・岸本絢)

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「オチビサン」の舞台・鎌倉の魅力とは何か。品川駅から横須賀線で50分。気軽に行ける小京都・鎌倉を訪ねた。

 初心者だけど、ちょっとディープな鎌倉散策もしてみたい──。そんな思いをかなえるには鎌倉をよく知る人に教えてもらうのが近道だ。

 まず、JR鎌倉駅東口にほど近い「かまくら駅前蔵書室」の室長・鈴木章夫さん(58)を訪ねた。かつての仕事で、観光資源を探り出すため鎌倉をくまなく調査。鎌倉ツアーを企画していた。いまや鎌倉好きが集まる、鎌倉に関する本を集めた会員制図書館を主宰する。

●トンネルを抜けた瞬間

 鈴木さんは鎌倉の魅力を、

「海、山、観光スポットに加え、歴史という縦軸の深みが、狭いエリアにぎっしり詰まっている。そんな背景からか面白い人たちがたくさんいるところ。文化人も多く、スゴい人がごろごろしています」

 彼が鎌倉の行くべき名所として挙げてくれたのは「湘南モノレール」。「大船から江の島経由での鎌倉アプローチに最適」と言う。

「通勤路線ですが片道310円で楽しめる、まるでアトラクション。懸垂式なので左右に大きく揺れ、スピードも出る。アップダウンあり、トンネルもありで迫力満点です」

 安野モヨコさんもJR横須賀線北鎌倉駅から鎌倉駅へ行く途中にある「トンネルを抜けた瞬間を見てほしい」と話す。

「これぞザ・鎌倉という雰囲気。山の様子や線路近くにある家の様子など、東京近郊とは全然違います」

●看板ないと気づかない

 景色を堪能したら鎌倉を食したい。安野さんが薦めてくれたのは「蕎麦」だ。『オチビサン8巻』にも収められているのが、「蕎麦屋絵地図」。

「鎌倉はお蕎麦屋さんが多いんです。しかも外れがない。昔ながらの佇まいの店も多いですし、ハンバーガーも悪くはないですが、ぜひお蕎麦を食べて帰ってほしい」(安野さん)

 夫である庵野秀明監督がベジタリアンのため、外食する時は自然と蕎麦屋へ行くことが多くなるという。

「焼き海苔や蕎麦味噌をつまみに一杯飲んで、蕎麦を食べて帰る。それが私たちの平和な外食です(笑)」

 鈴木さんは、昨年から今年にかけてオープンした店を紹介してくれた。中国茶房「悠香房」は、「横浜中華街から、鎌倉でも観光客が少ないエリアの扇ガ谷に移転してきたお店」。飲茶ランチを食べようと店へ向かった。鎌倉駅西口から市役所前の交差点を右折し、横須賀線の線路と並行した道を源氏山方面に向かって歩く。山へ向かう観光客はほとんどいない。やっと看板を見つけ、緑濃い山のほうへ向かって歩くと、雰囲気ある一軒家が現れた。看板がなかったらカフェとは気づかないかもしれない。

●だれでもウェルカム

 材木座にある「香菜軒 寓」も、都内で20年営業していたカレーと完全菜食料理の店だ。やさしい料理と店主ご夫婦の人柄に引かれて通う人が多いという。

「ローカル色の強い材木座で、やっているのかいないのかよくわからないような鎌倉っぽさが魅力」(鈴木さん)

 長谷にある「MISORA cafe」は、もともと雑貨店を開業しようとしていた夫婦が、子連れもOKのカフェに業態転換してオープンした。自分たちがベビーカーで店に入ろうとして断られたり、イヤな顔をされたりした経験を踏まえ、「工夫がいっぱいの、だれでもウェルカムなお店」(鈴木さん)になったそうだ。

 20年以上鎌倉に住むラジオパーソナリティー、ジョージ・カックルさん(60)にも聞いた。アメリカ人の父と日本人の母を持ち、鎌倉生まれの鎌倉育ち。大学中退後に世界を放浪したが、「ホーム」の鎌倉へ戻ってきた。8月に上梓したばかりの『ジョージ・カックルの鎌倉ガイド』(パルコ出版)には、店の紹介とともに鎌倉の人々への愛も詰まっている。

 待ち合わせたのは、鎌倉駅西口から市役所方面に3分くらい歩いたところにある「GARDEN HOUSE」。4年前にオープンした、緑の中にあるレストラン。ジョージさんはたまたま入って以来気に入って、週に3度は通っているという。

●観光客にも地元民にも

「僕は体が大きいので窮屈な椅子が嫌い。ここは椅子はもちろん、緑があって店員さんの感じも良くてcomfortable。サラダやローズマリーチキンなど、僕が米国に住んでいた頃のカリフォルニアスタイルの料理を感じた。『こんな店が日本にあったら』という店」

 ペット連れの地元の人も多い。鎌倉ではガーデニングに一家言ある人も多く、緑はこの店が愛される理由の一つのようだ。「鎌倉では流行最先端の店構えにしても、鎌倉らしくないと成功しない」と教えてくれた。

 ジョージさんとともに、観光客で賑わう小町通りへ向かった。

「昔はもっと寂しい道だったけど、通りの入り口に鳥居をつくってから観光客が多く来るようになったみたい」

 通りを入ってすぐの横丁を右に折れると、彼が子どもの頃からなじみの甘味処「納言志るこ店」がある。歯医者が大嫌いなジョージ少年をなんとか歯医者へ連れていこうと母が知恵を絞ったのがこの店だった。

「氷なら僕は昔から食べているイチゴミルクが好き。冬なら田舎しるこ。外観も店の中も子どもの頃からほとんど変わってない。観光客にも地元民にも人気のあるお店です」

 歩いていると、地元の人たちや店員さんに声を掛けたり掛けられたり。そんな人と人の距離感も鎌倉の魅力だ。小町通りを抜け県道にぶつかったら右折し、八幡宮前へ。

●歴史と新しさミックス

「鎌倉といえば大仏というのは観光客。地元民にとって鎌倉の象徴は鶴岡八幡宮、八幡様」

 地元民は結婚式を八幡宮で行う人が多いとか。もちろんジョージさんもそうだった。八幡宮を背にし、若宮大路の中央にある参道「段葛(だんかずら)」を海に向かって歩く。ここは源頼朝が妻・政子の懐妊を機に、安産祈願を込めて造ったとされる、由比ケ浜から鶴岡八幡宮までの参道の一部だ。歴史があるにしては新しいと思ったら、今年春に整備工事が完了したばかりだった。

「八幡様へ近づくにつれて道幅が狭くなっているでしょ。八幡宮から見下ろすと段葛はまっすぐに見えるようになっているんだよ。逆に、参拝者からは遠近法を利用して、八幡宮を遠くに見せようとしているんだ」

 この後、鎌倉市農協連即売所にぶらっと立ち寄り、由比ケ浜へ。サーファーの彼には海のない生活は考えられない。

「鎌倉にはサーフィンのポイントがある。ここなら年を重ねてもサーフィンができて最高だよ」

 そのポイントと逗子海岸の間、国道134号の海側の崖の上にある「surfers」も「ぜひ行ってほしいカフェ」と言う。メインの建物以外はサーファーたちの手でつくられた。カリフォルニアを思わせる絶景が広がっている。ジョージさんに鎌倉の魅力を改めて尋ねた。

「歴史に新しさがミックスされて新たな魅力を生み出している。お寺でライブをやったり落語をやったり。何でも受け入れることが大事なんだと鎌倉で教えられたよ」

 鎌倉の山から海へと歩き回ったこの日、歩数計は2万歩強を記録。人を飽きさせない魅力の詰まった場所だ。(フリーランス記者・坂口さゆり)

【安野さんオススメ!】

■鎌倉みよし
行列のできる手打ち釜揚げうどんの店。営業はうどんがなくなり次第終了
鎌倉市雪ノ下1-5-38 こもれび禄岸1階

■香司 鬼頭天薫堂 鎌倉
オリジナルのお香や高級線香、季節限定商品や香炉など豊富な商品をそろえる。香道や生け花教室も開催
鎌倉市雪ノ下1-7-5

【鈴木さんオススメ!】

■中国茶房 悠香房
「来店客にもっと中国茶を楽しんでもらいたい」と理想的な環境を求めて鎌倉にオープン。ゆったりした時間も楽しめる
鎌倉市扇ガ谷4-5-25

◎ここもオススメ!

■香菜軒 寓
テイクアウト中心。 鎌倉市材木座3-1-7

■MISORA cafe
「親子で野菜を楽しむ」カフェ。 鎌倉市長谷1-2-8

【ジョージさんオススメ!】

■GARDEN HOUSE
手づくりと地域密着をテーマに展開。湘南の旬の食材を使った北カリフォルニアスタイルの食事を提供
鎌倉市御成町15-46

■納言志るこ店
1953年創業。大佛次郎など鎌倉文士も愛した名店。上質のつぶあんを使ったお汁粉やぜんざいが人気
鎌倉市小町1-5-10
水曜日、第3木曜日定休

◎ここもオススメ!

■surfers
不定休。
逗子市新宿5-822-2

AERA 2016年9月12日号