9日は中国建国の父・毛沢東国家主席の没後40年。最後の10年間となった文化大革命の時代の記憶はまだ生々しく、毛主席の評価は揺れ続けている。写真は中国にある毛沢東の像。

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2016年9月9日、中国建国の父・毛沢東国家主席が82歳で亡くなってから9日で40年。遺体が安置されている北京・天安門広場の記念堂には長蛇の列が絶えない。しかし、最後の10年間は文化大革命の時代。その記憶はまだ生々しく、オーストラリアで毛主席を記念するコンサートが中止になるなど、評価はいまだに揺れ続けている。

環球時報などによると、コンサートを企画したのは中国政府と結びつきが強い企業など。9月6日と9日、それぞれシドニーとメルボルンのタウンホールで開催される予定だった。告知の広告コピーは毛主席を「世界の人々にとってのヒーロー」「1949年に中国を解放し、中国に平和と発展の時代をもたらした」と手放しでたたえていたという。

これに対し、一部の中国系住民が「大躍進運動や文革などで4000万人以上の命を奪った、ヒトラー、スターリンと並ぶ20世紀の3大殺りく者である毛沢東への礼賛は、人類の普遍的価値に背き、現代文明に対する侮辱である」などとコンサートに激しく反発。シドニー、メルボルン両市に対し、中止を求める請願署名をネットで集め、署名は9月1日午後の時点で約3000件に上った。両市ともコンサートには直接関与していなかったが、混乱が発生することを懸念。最終的に中止が決まった。

背景にあるのは中国系社会の亀裂。1980〜90年代に豪州に移住した文革時代を知るグループと、中国がめざましい発展を遂げた後、経済力を背景に移り住んだグループの間に溝ができているという。豪メディアによると、60歳代の男性は「中国から逃れてきたころは、われわれが多数派だったが、今や親中国共産党、親毛沢東主義者が多数を占めるようになった」と話した。

毛主席の評価をめぐる世代間の差は、中国本土でも少なからず共通する。中国を未曽有の混乱に巻き込んだ文革を経験した世代は毛主席を手放しで称賛することは少ないが、直接文革を知らない若い世代はそれほど警戒的ではないとされる。生誕100周年に当たる1993年前後に毛沢東ブームが起こったこともある。

中国共産党は毛沢東時代の評価を厳しく検閲しており、毛主席の行いに関する歴史的総括は中国国内に存在しない。日中戦争、国共内戦を経て中国人民共和国の建国に至る過程で毛主席は間違いなくリーダーだった。毛主席をおとしめることは、共産党そのものの否定につながるからだ。毛主席の生誕120年に当たる13年12月26日、習近平国家主席ら共産党政治局常務委員7人はそろって記念堂を訪問した。

「棺を蓋(おお)いて事定まる」(蓋棺事定)。「人間の真価は死んでから決まる」を意味することわざだ。没後40年たっても評価が定まらない毛主席。近代中国にとって、功罪両面でいかに大きな存在だったことを示している。(編集/日向)