大島僚太(撮影:岸本勉/PICSPORT)

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日本代表のデビュー戦がワールドカップ3次予選、UAE戦。好プレーもあったが、相手の決勝点となるPKを与えてしまった。また1点目は自分が出したパスが弱く、相手に詰められた場面から始まった。結局途中交代することになり、次の試合では足を痛めてベンチ外となった。

はたして大島僚太は大丈夫だろうか。

確かに日本代表に選ばれるということは大きな責任を背負うことになるのだが、それでも初出場であったことには違いなかった。多くの選手が緊張したという初戦ということを考えると、大島は落ち着いてプレーしていたように見えたのだが——。

8日、川崎の練習場で大島は溌剌とプレーしていた。右足の痛みはもうかなり引いたのだろう。心配なのは心の傷かもしれない。だが、日頃から感情の上げ下げが少なく見える大島は、あまり普段と変わらない記者対応をしていた。

UAE戦の後のチームの様子を聞かれて、「みんなポジティブという空気がありました。やらなければいけないという責任を感じて、前向きな考えを持ち続けて、タイ戦に臨めていたと思います」という。その考え方は大島にも身についているのだろう。大島はこの2試合のことを前向きに捉えようとしていた。

UAE戦での自分は「地に足がつかなかったかと言えばそうではなかった」と振り返る。そして「そういう機会をくれた監督には感謝してます。そういう意味では次選んでもらえるようにがんばるしかない」と決意を語った。

しかし、その一方で傷ついているような様子も見える。「PK与えたりとか自分のパスミスがとか言われますけど、それは事実。そう言われようが、自分が今後の成長するためで、普段プレーしたことのない人とやって必要だと感じる部分があった」と自ら口にしたのだ。それでも「厳しかったと思えている部分は今後に活きてくる」とポジティブな姿勢は崩さなかった。

代表のチームメイトとの交流も深くなっていたようだ。吉田麻也には「オレはオウンゴールだったからな(※)」と慰められたと言い、本田圭佑は大島の海外に対する考え方などを聞いてきたそうだ。

本田からミランに誘われなかったか? そう聞いたとき、大島は「いや、それはないです」と言いながらやっと笑った。

※吉田の代表デビュー戦は2010年1月6日のイエメン戦だったが、その試合は若手中心で構成されていた。他のメンバーが揃った中での出場は2011年アジアカップから。その初戦となるヨルダン戦では、相手のシュートが吉田に当たりコースが変わってゴールに飛び込んで先制点を許してしまった。

【日本蹴球合同会社/森雅史】