『築地の記憶 人より魚がエライまち』さいとうさだちか・写真,冨岡一成・文 旬報社

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 東京都の小池百合子都知事が、11月7日に予定されていた築地市場の豊洲移転を当面延期することを正式表明したことに大きな衝撃が広がっています。
 
 来年1月にまとまる豊洲市場の敷地内を通る地下水の水質調査の最終結果と、市場の安全性や使い勝手を検証するプロジェクトチームの調査結果を精査した上で、移転を決断すべきだというのが小池知事の主張です。
 
 土壌や地下水の汚染問題が取り沙汰されながらも、石原慎太郎知事の時代に移転が決定し、着々と工事が進められてきた豊洲市場。施設はほとんど完成しており、11月の移転が延期されれば、1日700万円とされる高額な維持費の負担など新たな問題が起こることも予想されます。小池知事がこの難局をどう乗り越えていくか、この問題は今後の都政への影響力を確立するうえで、重要な試金石となると見られています。

 そんな築地市場、正式名称「東京都中央卸売市場築地本場」が開設されたのは昭和10(1935)年のこと。江戸時代初期から日本橋にあった民営の魚河岸が関東大震災で焼失したため、行政が運営する形にして作られました。300年余り続いた日本橋の河岸から移ってきた魚を扱う威勢の良い人々は、築地でも昔ながらの風情を大切に守り、子から孫へと受け継いで、魚河岸を発展させてきました。

 写真家・さいとうさだちかさんと、かつて15年間築地市場で勤務した経験を持つライターの冨岡一成さんによる本書『築地の記憶 人より魚がエライまち』にはこう記されています。

「築地のなりわいには江戸が残っているというと過言だろうが、その商売は長い歴史の中で形づくられた部分が大きい」
「『河岸』ということばは、まさにそういった時間の連続性を感じさせる。(中略)この市場のことを『河岸』と呼ぶ限り、江戸前の価値観がどこかで続いていくような心持ちになるからである」

 粋で鯔背(いなせ)な人々の姿、河岸の風景、市場のしくみの今昔、魚河岸の歴史、知られざる習慣や知恵などが丁寧に描写された冨岡さんの文章は、築地市場への愛情に満ちています。写真家・さいとうさんも河岸に魅せられ、4年前に築地近くに移り住み、市場に通い詰めて、そこで働く人々や新鮮な魚を撮り続けてきました。本書は「河岸を愛した人の記憶と、河岸を知らない人への記録として残したい」と願う二人の思いが詰まった渾身の一冊です。

 単なる食品の流通の場としてだけではなく、江戸の情緒と心意気を味わえるノスタルジックな空間として存在し、人々に愛された築地市場。開設からすでに80年が経過し、施設の老朽化が進み、衛生管理や物流スペースの面でも問題を抱えていることは事実です。しかし、古きものが失われるのは寂しいもの。いろいろな事情があろうとも、なんとか残せるものならば、残してほしいと思っている方も多いのではないでしょうか。