さかなの名前のクルマ、「これしかなかったの?」が正直な感想。締めくくる前に再度検索、1台奇妙なのが見つかりました。1960年代放映された『ナポレオンソロ』シリーズの何作かに登場したAMTピラニアです。ピラニアは猛魚からの命名です。アマゾン河で一度ピラニア釣を体験しましたが、おっかなびっくり。気をつけないと指を食い切られると聞きましたが、それを唐揚げにして食べる人間はもっと獰猛かもしれません。

本題のクルマですが、カスタマイジング名人がTVのために特製したリアエンジン車でした。AMT社(なんとアメリカのプラモデルのメーカー)は、限定市販する計画でしたが、 GMが空冷水平対向6気筒エンジン車、コルヴェアを生産中止したので、実現しませんでした。

 

GM2代目デザイン役員ビル・ミッチェルのコルベット・マンタレイを紹介しましたが、この名前を量産車に使ったのはドイツのGMオペルでした。「マンタ」としたのは、宿敵とする欧フォードのカプリにぶつけるため、簡潔な名前にしたのでしょう。1970年から1988年まで2.5代販売しました。.5の意味は第2代BのB2です。マンタは、アメリカン・クーペ縮小版のようなデザインです。

1967-70年のオペル・デザイントップは、その後、第4代GMデザイン役員となるチャールズ・「チャック」・ジョーダンです。彼と知己を得たのは、デトロイトに戻り、ビル・ミッチェルVPの右腕となった時代でした。私は彼がミッチェルの後を継ぐと思ったのですが、GM首脳が選んだのはアーヴ・リビッキ。堅実温厚で、芸術才能豊かな人でしたが、乗用車は金太郎飴デザイン時期となりました。唯一、感激したのが4代目コルベットC4でしたが、ミッチェルの奔放イメージを脱するためか、スティングレイ名は外しました。

4代目コルベットC4の デザインは、ミッチェル、ジョーダンが目をかけていたい逸材ジェリー・パーマーです。パーマーは、ジョーダンの4代目VP期にデザイン部ナンバーツーとなります。C4は、コルベット史でもっとも意義あり、興味あるクルマですが、別の機会にします。

次の世代C5には、エピソードがあります。チャック・ジョーダンが定年引退したのは1992年でしたが、前年ロスアンジェルス北方サウザンドオークスにあったGM先進デザイン・センターに来ないかと誘われました。「スティングレイ掘廚覆觴汰コンセプトカーを見せてくれました。

92年デトロイト・ショーでデビューしたコンセプトです。これぞチャック・ジョーダンが次期コルベットとして構想していた、やや小ぶり、ミドシップ的プロポーションの力作でした。通称 「カリフォルニアン・コルベット」は、カーボンファイバーボデイ、固定シート、前後調整ペダル、ステアリングホイールなど先進機構を搭載していました。チャックはV6を意図していましたが、「V8でなければコルベットではない」との意見大勢でスモールブロックV8に積み替えました。スティングレイ轡妊競ぅ鷸のセンター長がポンティアック・ファイアーバードで有名なジョン・シネーラでした。フェラーリに迎えられるケン奥山もこのセンターに居たはずです。

さて、1997年ジュネーヴショーでチャック・ジョーダンに再会しましたが、彼、開口一番、「C5は私のクルマじゃないよ。あんなに肥っていなかった。」

 

2009年、GMデザインはコルベット50周年を記念した“スティングレイ”・コンセプトカーを製作し、アメリカのモーターショー巡業をしました。この時は、「まあこんなものかな」といった程度の印象。

しかし、2011年デトロイト・ショーで登場した“スティングレイ”・コンセプト・ロードスターを見て、やっぱりスティングレイ!と感嘆。敬愛する故ビル・ミッチェル、チャック・ジョーダンもこれならOKサインを出すだろうと思いました。

そして、最新C7は、“コルベット・スティングレイ”を名乗ります。

(山口 京一)

プラモデルメーカーが作った幻のガルウイング「AMTピラニア」【F2P Vol. 19】(http://clicccar.com/2016/09/08/398258/)