インディカー・シリーズ第15戦。マサチューセッツ州ボストンで初めて催される予定だったストリートイベントがキャンセルされ、ニューヨーク州ワトキンス・グレン・インターナショナルで代替イベントが行なわれることになった。このコースでインディカーのレースが開催されるのは2010年以来のことだ。

 元F1ドライバーの佐藤琢磨(AJ・フォイト・エンタープライゼス)は、本来ならワトキンス・グレンのようなロードコースが得意なはずだが、インディカーに来てからはストリート(市街地)コースでの方がパフォーマンスは高く、「ボストンがなくなっちゃったのは残念」と何度も口にしていた。

 それでも琢磨は、デビューイヤーの2010年にワトキンス・グレンを走り、予選で5位という好成績を残している。好きなタイプのコースなのだ。

 プラクティス1を走り終えた琢磨は、「メチャクチャ速い」「危ない」などと言いながらも、表情は輝いていた。路面が全面改修されたばかりのワトキンス・グレンは、インディカー・シリーズで最もスムーズなコースに生まれ変わっていた。もともと超高速がウリだったコースは、グリップが飛躍的に高まったことにより、思い切りのよさがないと速く走れない特徴がより色濃くなった。自分の腕とマシンの性能を信じて大胆に攻めなくてはならないコースは、琢磨のスタイルに合っている。このサーキットが1961年から1980年までF1アメリカGPの舞台だったという歴史も琢磨の挑戦意欲をかき立てていたはずだ。

 AJ・フォイト・レーシングはワトキンス・グレンでの事前テストを行なわなかったが、チームのエンジニアたちが用意したセッティングはハイレベルで、チームメイトのジャック・ホークスワースは初めてのコースだというのにホンダ勢で最上位の予選9位に食い込んだ。ところが、琢磨はグリップの高いレッドタイヤ用のセッティングが少々尖り過ぎていたようで、アタック1周目にコースアウトし、グリッドは最後尾22番手に。上位フィニッシュは難しい苦境に置かれた。

 ドライバーの挑戦意欲を刺激するコースに、本当に納得がいくまであと一歩のマシン・セッティング......というのが、琢磨の置かれた状況だったようだ。レースでもスタート直後の混乱をくぐり抜けて5つも順位を上げたのだが、早目にピットストップを行なうことで一気に上位に進出する作戦は成功せず、後方集団に埋もれたままとなった。レースではマシンではなく、展開が琢磨をもどかしくさせた。

 しかしレース終盤、大きなチャンスが転がり込んできた。60周の戦いの39周目に出されたフルコースコーションで上位陣が全員ピットイン。ここで琢磨はピットに向わずに15番手から2番手に一気に急上昇したのだ。レース再開からゴールまでに琢磨は必ずピットインしなければならないが、今ピットした面々も、フルコースコーションが出なければもう1回、給油が必要な周回数が残されていた。

 前を行くのは同じ作戦に出たカルロス・ムニョス(アンドレッティ・オートスポート)のみ。琢磨はリスタートで果敢にトップを奪いにいった。しかし、ここでドアを閉められてシケインの走行ラインがワイドになったため、琢磨は6番手に順位を落とした。

 もう1回のピットが絶対必要なトップグループは、速いペースで周回を重ね、琢磨も彼らに食らいついていった。琢磨は最後のピットを、ゴールまで12周というところで行なった。タイヤはグリップの高いレッドを装着。順位は16番手まで落ちたが、先行車の多くは燃料セーブモードでペースが上がらなくなっていた。

 ゴールまで2周となった時、琢磨は8位まで順位を上げ、ポイントリーダーのシモン・パジェノー(チーム・ペンスキー)のすぐ後ろを走っていた。燃費の苦しい彼を抜ける可能性は十分にあった。

 琢磨はターン8でオーバーテイクするために、ターン7で普段と違うラインを採った。だが、そこでリヤがタイヤかすに乗り、痛恨のスピン! クラッシュこそ避けたが、順位は18位に転落、最後は17位でのゴールとなった。

 チャンピオン争いを行なっているパジェノーは、7位というポジションよりもフィニッシュを優先したかった。琢磨はそんな彼をパスしていれば、ゴール目前でジェームズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)がガス欠でストップしており、6位を手にできていた。残り2周をハード・プッシュすればトップ5入りさえ可能だったかもしれない。

「終盤にチームが採用した作戦は正しく、ライバルたちが燃費セーブに陥っていたのに対し、自分たちはチャージができる状況でした。あと2周という時点でパジェノーの背後に迫り、ターン7での脱出を有利にするために通常よりインから進入したんですが、タイヤかすに乗ってスピン。シーズンベストに並ぶ好結果が得られるところだったのに、レースをまとめ上げることができなかった。とても悔しいし、スポンサーやメカニックたちに申し訳ない」と、レース後の琢磨は語った。

 ショートオーバルとアベレージ速度が大きく変わらないという異次元のスピードを誇る新生ワトキンス・グレンで、琢磨とAJ・フォイト・レーシングは、ロードコース用セッティングがまた一段レベルアップしたことを体感した。まだ完全に満足のいくレベルまでそれをファインチューニングすることはできていないが、ロードアメリカで得たヒントを基に、ミッドオハイオでの経験を重ね、ワトキンス・グレンで更なる手応えをつかんだ。

 ワトキンス・グレンでの琢磨は新たなモチベーションを獲得していた。伝統も備えた新生コースで行なわれるレースで高いパフォーマンスを発揮し、好結果を手に入れようと意気込んでいた。それがわずかに大き過ぎたのか、予選と決勝の両方でのスピンに繋がった。

 早いもので、インディカー・シリーズも残るは最終戦のみとなった。カリフォルニア州のソノマ・レースウェイはワトキンス・グレンほど高速ではないが、アップ&ダウンが大きく、ブラインドコーナーの多い、これもまたチャレンジングなサーキットだ。

 琢磨とチームは、今シーズンに大きく進化させたロードコース用セッティングをさらにもう一段レベルアップさせようと、事前テストに遠征する。琢磨は2013年まではソノマで思うように成績が残せずにいたが、2014年に4位フィニッシュを達成。2015年も8位とまずまずの成績を残しており、苦手意識はまったくない。事前テストでチームメイトとともにデータを収集し、シーズンベストの戦いを実現して2017年シーズンへの勢いをつかみたい。

天野雅彦●文 text by Masahiko Jack Amano