リンクル社長川崎祐一さん(32、左手前)あらゆるウェブ広告の代行運用、ウェブマーケティングを手がける「シルフィー」(オカムラ/5万〜7万円)に座るリンクル社員のみなさん。各人の腰まわりの形状に合わせ、背もたれのカーブを調節できるのが特徴(撮影/写真部・岸本絢)

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 長時間座りっぱなしでパソコンに向き合う現代のビジネスパーソン。腰痛や肩こりは仕事の効率をも低下させる「いま、そこにある危機」。一因となる「姿勢の悪さ」と闘う人々を取材した。

「メンバー全員に健康的なデスクチェアを!」

 リンクルの川崎祐一社長(32)の信条だ。2年前に現在のオフィスに移転した際、すべての机とイスを買い替えた。ネット広告を手がける同社の社員たちは一日中座りっぱなしでパソコンに向き合っている。体への負担が少なく、快適に作業ができる環境を整えようと考えたのだ。

 川崎社長自身、20代半ばからデスクワークによる腰痛に悩まされてきた。そこで背筋をS字カーブにすることで腰痛を防ぐ効果があるとされる「アーロンチェア」を愛用。腰痛から解放されたことで仕事への集中力が高まったと実感し、社員たちのイスも刷新することにした。

●座り続けて心身不調

 オフィス機器メーカーのショールームをまわり、トータルで30〜40種類のイスに実際に座ってみた。最終的に選んだのは、「シルフィー」。社員たちには「背もたれの角度がちょうどいい」「肩こり、腰痛を感じたことがない」と好評だ。「デュオレスト」も「お試し導入」中で、「採用担当として応募者に会うので、きれいな姿勢でいたい」と言う人事担当の工藤あかねさん(22)が試用している。

 スタッフの増員に伴い、近くまたオフィスを移転する予定。これを機に、各自が自分に合ったイスを選べるようにしたいと考えている。

「体形も姿勢のクセも一人ひとり異なりますからね」(川崎社長)

 理学療法士としてビジネスパーソンの運動指導などを行う産業理学療法研究会の高野賢一郎会長によれば、長時間パソコンに向き合い続けることで引き起こされる心身の不具合は、眼精疲労や血流が悪くなることに伴う冷え性から、足と顔のむくみ、便秘、痔、肥満、精神的なものまで多岐にわたる。だが、筆頭は腰痛と肩こりだ。

●同僚たちが寄ってくる

 ITアウトソーシング会社のボールドでバックオフィス業務全般を担う藏本由貴恵さん(28)も、常に肩や首、腰に痛みを感じている一人だ。

 月初には社員200人分の給与計算、70社超の取引先への請求書発行を同僚と2人でこなす。業績拡大に伴い毎月10人近くのエンジニアを採用するため、社員名簿の作成も重要な業務。生年月日や家族の情報まで細かく記録するため、ミスのないよう入力画面に目を凝らす。

 一日に数回は屈伸したり肩を回したりしてみるが、忙しいときはそれも忘れてしまう。意識しなくても姿勢を正せるアイテムを使いたいと考えた。ネットで目に留まったのが、「ボディメイクシート スタイル」。カイロプラクティックのノウハウで作られた姿勢ケアシートだ。

「座る姿勢を整える機能はもちろん、花びらのようなデザインにも惹かれました。無機質な職場のアクセントになって、元気が出そうだな、とも。デスクチェアの座面に置いて使い始めると、腰の痛みがなくなりました。体の負荷が一つ減った分、もう一つ新しい仕事をしよう!という気になります(笑)」

 想定外の効果もあった。形も色も目立つので、同僚たちが寄ってきて「これ、何ですか?」「ちょっと座らせて」と話しかけてくるのだ。

「普段会話するのは近くに座っている3人くらいだけど、他のチームのメンバーとコミュニケーションをとる機会が増えたのはよかったと思います」

●打ち合わせにも持参

 逆に「なるべく目立たない」背筋伸ばしアイテムを求めたのは、ディマージシェアに勤務する矢古宇弘明さん(27)。

 顧客企業が持つデータやコンテンツを活用して収益を最大化するための企画・提案を行う彼は、一日の大半を企画書作成に費やす。休憩なしで4時間以上、作業に没頭することも多い。

 画面をのぞき込んでいるとつい背中が丸くなり、社長から度々「姿勢が悪い」と指摘されていた。腰は痛いし肩も凝る。血が巡っていないせいか、立ちくらみを起こすことも多かった。

「これではいけない」と、使い始めたのがゴムチューブ。引き出しに入れておき、姿勢が固まってきたと感じると、体の前や後ろ、頭の上で引っ張って背筋を伸ばした。しかし……。

「これをやると目立つんです。同じフロアではエンジニアたちが黙々と作業している。大きなアクションで目を引いてしまうのが気になってしまいました」

 そこで、人目を気にせず姿勢を整えられるアイテムとして、イスの座面に置くシートに着目。ロフトや東急ハンズで試し座りをして選んだのが「バックジョイ」だ。

 気に入ったのは、クロックスシューズなどでも使われている軽量発泡素材である点。プラスチックより通気性がよく、座り続けても蒸れにくい。他の部屋で長時間打ち合わせをするときに持って移動できるのもいい。

「座っているだけで無意識のうちに背筋が伸びる。姿勢を注意されることがなくなりました」

 イスでも座面に置くシートでもなく、着るタイプのアイテムを活用しているのが、アイアンドシー・クルーズに勤務する井口和宏さん(31)だ。

 学生時代からいつも重いノートパソコンを持ち歩いており、母親や彼女から猫背を指摘されていた。「かっこ悪いよな。直さないとな」と考えてはいたが、いつも気づくと背中が丸くなっている。原因の一つは181センチという身長だ。

●机とイスの高さがカギ

 電力・ガスの販売会社とその需要家をマッチングするサービスの事業企画および提案活動を行う井口さん。企画書を作成するため長時間座っていることも多いのだが、自身の身長に対してオフィスの机が低い。自然と前傾姿勢になり、細部までこだわって企画書を作り込むうちに、さらに前のめりになっていってしまうという。

 前出の産業理学療法研究会の高野会長によれば、

「デスクやチェアはかかとがしっかり床につき、肩が持ち上がったりひじが浮いたりしない高さがいい。背もたれの角度を自分に合わせて調整すれば、上半身荷重の6割をカットできます」

 しかし、イスの高さは変えられても机の高さまで調整可能だというケースは、多くはないだろう。

 井口さんの場合、全国各地への出張も多い。背の高さゆえキャリーケースの持ち手の高さも合わず、移動中の歩き姿勢も前のめり気味。休日には所属するヨットレースチームの練習にいそしむが、ここでも腰を丸める姿勢のポジションを担当している。背筋は、オンでもオフでも伸びるひまがなかった。

 そこで、デスクワーク中も出張中も身に着けていられる背筋伸ばしアイテムとして、「加圧Tシャツ」を導入した。着圧によって自然に背筋を伸ばす、「機能性インナー」だ。

「締め付けすぎず、腰回りに適度な圧迫感がある。腰が固定されている感じがして背中を丸めづらく、上半身が支えられている感覚。通気性がよく、夏場も蒸れないのがいいですね」

●お風呂上がりに15分

 もちろん、「危機」の根本的な解消は自宅でという人もいた。

 技術系人材サービス会社、VSNに勤務する下田瑞希さん(27)は、仮想環境の構築を手がけるエンジニア。顧客である通信キャリアに常駐し、一日7時間はパソコンに向かう。通信インフラを扱うだけに、ミスやトラブルは何百万という人に影響を及ぼし億単位の損害を生む可能性がある。だから、細心の注意を払い、画面に目を凝らす。

「目を酷使するので、それが背中にも伝わり、全身がこわばる。繁忙期には右腕にしびれを感じたこともありました」
 リフレッシュのため、休日には会社の「農園サークル」に参加し、会社所有の農園でのびのびと体を動かしながら畑仕事をすることで、固まった体をほぐしている。会社では、ウォーキングや水泳などのイベントも行われているという。

 しかし、こうした活動だけでは日々の体の凝りの解消に追いつかない。下田さんの日課は、「ヨガポール」を使ったストレッチだ。

 長さ約90センチ、直径約15センチのヨガポールの上に寝て、体を左右に転がすほか、腕を上げたり広げたりする。ストレッチ講座に参加したときに初めて体験。「海にぷかぷか浮かんでいるみたい」にラクだと感じ、その場で購入した。

 毎日、お風呂上がりに化粧水パックをしながら約15分、ヨガポールでストレッチをしている。

「肩が気持ちよく沈み込んで一日の凝りをリセットできます。使い方によっては体幹トレーニングもできるのがいいですね」

 パソコンの文字が小さいと、顔を近くに寄せたくなり、前傾しがちになる。

「画面を拡大したり文字サイズを大きくするだけでも違う」

 と前出の高野会長。

「30分〜1時間に1回、オフィス内を歩くのがお勧め。肩こり予防には首を回したり両手を上げたりするストレッチ、腰痛予防には、腰に手をあて3秒間体を反らす運動が有効です」

(ライター・青木典子)

AERA 2016年9月5日号