卓球日本男子史上初となる団体でのメダル獲得。銀メダルを首にかけた瞬間、丹羽孝希が感じたのは違和感だった。

「思ったより嬉しくなかったんです。本当はもっと嬉しいと思ったんですけど」

 試合中、喜怒哀楽は見せない。派手なガッツポーズをすることもない。感情やパフォーマンスよりも結果。そして、常識にはとらわれない。それが丹羽のスタイルだ。

 誤解されやすいことは本人も十分理解している。日本人初のプロ選手で、現在、丹羽とアドバイザリー契約を結ぶヤマト卓球の社長である松下浩二は、丹羽が試合で負けた翌日、たいてい「なぜ丹羽は声を出さないんだ!」「なぜ負けても悔しがらないんだ!」とクレームの電話がかかってくるという。

 松下は丹羽に「選手それぞれのスタイル、考えがある。好きなようにすればいい。ただ、応援してくださる方が、負けても悔しそうにしない選手を見て怒りを覚えるのは当然だということは知っておいたほうがいい」と声をかけたことがあるという。それを聞いた丹羽は、「はい」と返事をしている。

 リオ五輪の直前も、丹羽は自身のスタイルを崩さなかった。

 ワールドツアーでの1回戦負けが続いた6月下旬、松下が休養を提案。丹羽はそれに同意した。

 松下は1、2日の休養だと思っていたのだが、丹羽は一向に練習を再開しなかった。7月2日、インカレの前日になって、ようやくラケットを握る。

「5月に合宿でやり込んでいたのに試合では負けたんです。これはもう、今大切なのは練習量じゃないなって。卓球をやらされている感覚もあったので、卓球をやりたくなるまで休もうと。休んでいる間、もちろん筋トレなどのトレーニングはしていたんですけど、ラケットは一切握りませんでした」

 不安はなかったかと聞くと、丹羽は表情を崩さず答えた。

「オリンピックまで1ヶ月だったんで、ここから劇的に伸びることはないと、腹をくくって割り切りましたね。インカレがなかったら、もう少し休んでいたかもしれません」

 そのインカレで、丹羽率いる明治大は優勝。丹羽自身も復調の兆しを見せた。

「疲れも取れ、変な癖も抜けていたので、休養は確実にプラスに働いたと思います。何より、卓球が楽しいって思えたことが大きかったです」

 インカレ後、丹羽は異例とも言える練習試合を一切しないままリオに乗り込む。

「練習試合と試合は全然違うんで。練習試合だけすごい強い人もいます。僕は練習試合してもたぶん負けるんで。負けると自信が揺らいだり、プレーに迷いが生じてしまう。勝ちたい気持ちが強すぎて、プレーに変な癖がついてしまう可能性もある。だったらと、練習試合はやりませんでした。インカレで勝った印象のまま五輪に挑もうと思ったんです」

 リオは丹羽にとって、ロンドンに続き2度目の五輪。「オリンピックには、他の大会にはない独特の雰囲気がある」と言う。

「世界選手権などとは雰囲気も違います。やっぱり4年に1度だけなので。自然と気持ちも高ぶっていきましたね」

 シングルス2回戦から登場した丹羽は、セグン・トリオラ(ナイジェリア)を4−2、続く3回戦のシュテファン・フェガール(オーストリア)を4−1で下し、ベスト8に進出した。

「調子は悪くなかったですし、3回戦の相手が守備型の選手で、かなり攻めることができたので、ある程度調子が出たかなと」

 準々決勝でロンドン五輪金メダリストの張継科(中国)と対戦。丹羽は1ゲーム目を11−5と先取するも、その後は4ゲームを連取され敗れる。

「1ゲーム目は相手が何もしてこなくて。しかも、落としても特に焦った様子もなかったです。2ゲーム目からしっかり作戦を立て、僕の嫌なところを攻めてきましたね」

 1−4で敗れたとはいえ、第3、4ゲームともに7−11だった。善戦と言っていいようにも思えるが......。

「7点では善戦と呼べないですね。8、9、10点で接戦という感覚です。5、6、7点では惜しかったとは言えない。実力差がある負け方です。張選手とは差がありました。団体戦のように3ゲーム先取の方式なら、1ゲーム目を取った勢いで、そのままいけることもあるんですが、勢いや流れだけで、自分より強い選手に4ゲーム取ることは本当に難しい」

 丹羽が気持ちを切り替え臨んだ団体戦。日本に追い風が吹いていることは間違いなかった。

「正直、組み合わせはラッキーでしたね。中国と同じ山なのか、別の山かで、メダルの色が変わるんで。それに、オリンピックの団体の方式はダブルス戦がある。これでドイツに勝ちやすくなったと思います。世界選手権のように全試合シングルス戦の方式の時は、ドイツにいつも負けているので。五輪なら、水谷(隼)さんがふたつ取って、あとは僕と吉村(真晴)くんでダブルスが取れれば試合に勝てる......」

 日本は団体初戦のポーランドに3−2で勝利し、続く準々決勝はロンドン五輪で敗れた因縁を持つ香港を3−1で退け、準決勝に進出した。相手は長年のライバルのドイツ。第1試合、吉村が敗れるも、第2試合で水谷がストレート勝ちを収める。

「1−1でダブルスが回ってきた時は、さすがに緊張しましたね。第4戦の水谷さんは絶対に勝つと信じてたんで、『ここを取ったらメダル確定だ』って」

 大会前から、丹羽は吉村と話し合ってきたことがある。

「吉村くんのサーブと、僕のレシーブが武器なんで、そこで点を取っていこうという話はよくしていました。日本が勝つためには、水谷さんの2勝プラス、もう1勝が必要。僕らのシングルスよりも、ダブルスで勝つ確率の方が高いと思っていたので、合宿でもダブルスの練習をいっぱいやりました」

 丹羽、吉村ペアは、第1ゲームを11−5で奪うも、第2ゲームは接戦の末、13−15で落とす。

 正念場となった場面で、これまで「声を出したり、ガッツポーズで勝てるわけじゃない。そんなルールもない。人それぞれの性格もありますし、とやかく言われる筋合いはないですよね」と言い続けていた丹羽は、時折ガッツポーズを見せた。その理由は、なんだったのか?

「チームに気を使ったというか......それはありますね。少しでも盛り上がるならって。世界選手権なら団体戦のメンバーは5人ですけど、オリンピックは3人。ダブルスの試合中、水谷さんは次の試合に備え練習に行ってしまうので、後ろには監督しかいない状態なんです。近くから声援を送ってくれる仲間もいない。声を出すことやガッツポーズが僕には関係なくても、チームとして士気が上がるならばと。実際に僕が声を出すことで、雰囲気も良くなりましたね」

 日本は、第3、4ゲームを連取し勝利。続く第4試合で水谷が勝ち、3−1でドイツを下し、銀メダル以上を確定させた。

 だが、彼らはここで満足しなかった。決勝の中国戦、絶対王者を前にしても、日本は金メダルを本気で狙った。

 第1試合、丹羽はシングルスで金メダルを獲得した馬龍に敗れる。しかし、続く第2試合、水谷が世界ランク3位の許キンを破り1−1のタイに。

 第3試合のダブルスに挑む丹羽は、吉村に「絶対に勝つ。金メダル取れる」と声を掛け合い試合に臨んだという。

「ダブルスで勝てば、2−1。そうすれば、最後は水谷さんが絶対に勝ってくれる。だから、このダブルスで勝ったら金メダルだって。なかなか中国相手に『勝ちに行こう』って思えることはないんです。ただ今回は、本当に本気で勝ちにいった。1−1で迎えた第3ゲーム、9−7でリードしたのに......。あそこで、あと2点取れていたら、金メダルだったかもしれない」

 団体での銀メダル獲得が、日本男子卓球史上初だったことも、不敗の王国・中国の背中に手をかけたことも偉業に違いない。それでも、丹波は銀色に輝くメダルを手にしても、「思ったより嬉しくなかったです」と語る。それには理由がある。

「もちろんメダルが取れた嬉しさが一番大きいです。でも、複雑な気持ちもあって。今回は水谷さんが頑張っただけで、僕と吉村くんは浮かれる立場じゃないんじゃないかなって。僕自身、団体のダブルスでは2度勝ったんですけど、シングルスは3連敗。とても浮かれてられない。メダルを取ったと言うよりも、取らせてもらったって感じが強いんです。だからでしょうね。メダル取ったら、思ったより嬉しくなかったのは。もっと嬉しいと思ったんですけどね」

 ただし、"取らせてもらった"という悔しさは今、丹羽の背中を押している。

「おかげで、また東京を目指して頑張ろうって思えました」

 すでにリオは過去だ。賞賛に酔いしれる時間も、悔しがっている時間も終わった。すべては4年後のためにーー。

(つづく)

水野光博●文 text by Mizuno Mitsuhiro