仮想現実空間の「視線」をハックした男 #CHA2016

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加速度的なブームを迎えるVR(仮想現実)は、わたしたちのリアリティや世界の認識をどう変えていくのか。ヴァーチャルな映像表現を用いながら、「わたし」のありかを問いの入口として作品を制作するメディアアーティストの谷口暁彦に、VRをハックする手段を尋ねた。

谷口暁彦|AKIHIKO TANIGUCHI自作のデヴァイスやソフトウェアを用いて、メディアアート、ネットアート、ライヴパフォーマンス、映像、彫刻作品など、さまざまな形態で作品を発表する。主な展覧会に「[インターネット アート これから]──ポスト・インターネットのリアリティ」(ICC、2012年)、個展「スキンケア」(SOBO、東京、15年)、「滲み出る板」(GALLERY MIDORI.SO、東京、15年)など。 okikata.org

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作品の応募受付、開始! 受賞者には豪華な賞品も

2013年から『WIRED』日本版が開催しているアワード「CREATIVE HACK AWARD」。受賞者のなかから、クリエイティヴシーンで活躍する逸材も生まれている本アワードが、今年も作品の募集を開始。「日常をハックせよ!」をテーマに、あらゆる領域における「新たなクリエイティヴ」を受け付けています(応募締め切りは16年9月30日)。好評を博している「オープンセミナー」は、第4回が9月に開催予定(イヴェントの詳細)。

VRに宿る「わたし」というゴースト

東京・初台のICCで現在開催中の「オープン・スペース2016 メディア・コンシャス」展(2017年3月12日まで)の一角には、大きな2面モニターを配したインスタレーション作品がある。鑑賞者は、アーケードゲームなどで見かける十字スティックのコントローラーを使って、ヴァーチャル空間を移動していく。

鑑賞者が操作するのは、作者である谷口暁彦のアヴァターだ。これは2016年2月10日、谷口の身体の表面を覆うテクスチャーを3Dスキャンで撮影したデータの集積でもある。

「3Dスキャンされた自分の像は、あくまで過去に撮影されたイメージ。ここでは自分の屍体を動かしているような感覚に陥ります」と谷口は笑う。

右画面は鑑賞者が操作できるアヴァターの視線、左画面は自律的に移動するもう一人のアヴァターが見ている視線がそれぞれ一人称視点で映し出される。鑑賞者はレヴァーを使ってアヴァターの進行方向や視線を操作しながら、空間の中を自由に移動することができる。

ゲーム空間においてすぐさまキャラクターに憑依するがごとく、レヴァーを操作する鑑賞者は、谷口自身でもあり谷口を操作する自分自身でもある、という状態に置かれることになる。谷口はVR空間における主体の曖昧性を浮き彫りにすることで、「“わたし”というゴースト」をヴァーチャル空間内に出現させるのだ。

自分が見ていない世界は存在しない?

数分ごとに変化していくシーンは、どこかの森や港町から、惑星に降り立ったような夜の砂漠、谷口の自室まで、とめどなく頭の中に浮かんでくる風景のように脈絡がない。

「VRやゲームの世界では、鑑賞者が世界の中心にいるという前提で、そのとき見えるシーンを鑑賞者へと向けてリアルタイムでレンダリングしています。遠くや背後にあって見えないオブジェクトは削除したり、表示を省くことで計算効率を上げているんです。つまり、世界はいま、「わたし」が見ることではじめて存在していることになる。「わたし」から見えていない世界は、本当に存在していない。

でも、現実世界はそうではないわけですよね。当たり前のことですが、自分が見ていなくても、存在していなくてもモノは存在しているだろうという確からしさ、リアリティがある。というか、それがなければ日常生活が送れなくなる。そうした、ヴァーチャルな空間と現実の空間とのあり方の違いが面白いと思います」(谷口)

特徴的なのは、空間の各所に浮かび上がるテキストだ。谷口が日頃から考えたり感じたりした内容や、小説の引用などがランダムに表示されていく。

「意識していたのは、コンクリートポエトリーという方法です。これは、1行ずつ紙の上に詩を記載していくのではなく、詩の内容に応じて文字の大きさを変えたり、全体が何かの図像になるよう自由に言葉を配置したりする表現技法です。ヴァーチャルな3D空間でそうした表現が少しでも更新できるのでは、とも考えていました」

谷口がテキストを辿って思索するのは、わたしたちのリアリティのありかだ。

「小さなころ、『自分のいる世界は偽物かもしれない』と思ったことはありませんか? あるいは、腕や足が痺れてまったく動かせなくなったとき、まるで死体を触っているような感覚に陥ることがあるでしょう。そのとき、自分の一部だと思っていたモノが、ただの肉の塊だったと気付く瞬間があります。現実でもVRの世界でも、ぼくたちのリアリティはちょっとしたズレですぐに剥がれ落ちてしまうことがある。ぼくはその“ズレ”に興味があるんです」

「アート作品を鑑賞することは、それを制作した作者のまなざしと自分のまなざしを重ね合わせることだと思うんです。ぼくは、鑑賞者を個性のない普遍的な人間ではなく、まるで『ぼくでしかありえない』という人物に想定したかった。作品が要請する主体を、複雑で混沌とした人物に設定したかったんです」(谷口)

こうした「ハッキングの魔法」は、見ることについて疑いつつ、独自に考えを深めてきた谷口だからかけられるものだ。

「ハッカーは、プログラミングがすごいできる人を指すわけですが、長いコードよりも短いコードで効率的に目的を実行できるハッカーの方が優れたハッカーなわけですよね。すると、ハッカーの究極の姿というのは、コードを1行も書かないことかもしれません。かつて伝説のハッカー、キャプテン・クランチ(ジョン・T・ドレイパー)は、コードを1行も書かず、2,600ヘルツの音だけで電話会社の内部認証システムに入り込み、電話回線をハッキングしました。

大事なのは、ものごとの構造を知り、メタレヴェルの視点をもつこと。キャプテン・クランチの逸話では、電話回線のシステムと、現実との境界面、インターフェイスに介入したわけです。つまり、電話のシステムだけを見ていたのでなく、現実の世界との関係性をも含めて俯瞰し、理解していた。

VRというシステムも、その仕組みそのものは新しいものではないですよね。人間が夢を見たり想像するという脳の機能が外部化したものだと捉えることができます。白昼夢のように『いまここにないもの』を視覚的に想像すること、その一部を、コンピューターが肩代わりできるようになっただけです。でも、そうするとそれを自分でやらなくて良くなった人間はちょっと楽というか、暇になるわけですよね、その暇で別の新たな想像力を発揮していけば、もっと面白い表現や思考が生まれると思っています」

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2013年から『WIRED』日本版が開催しているアワード「CREATIVE HACK AWARD」。受賞者のなかから、クリエイティヴシーンで活躍する逸材も生まれている本アワードが、今年も作品の募集を開始。「日常をハックせよ!」をテーマに、あらゆる領域における「新たなクリエイティヴ」を受け付けています(応募締め切りは16年9月30日)。好評を博している「オープンセミナー」は、第4回が9月に開催予定(イヴェントの詳細)。

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