■極私的! 月報・青学陸上部 第6回

「おはようございます」

 午前5時過ぎ、まだ薄暗い山の中、学生たちの声が日和田ハイランド陸上競技場のトラックに響く。400mほど離れた宿舎から選手が三々五々集まり、朝練から1日が始まる。まずは20分程度、「青トレ」と言われる体幹トレーニング。走るための準備とケガ予防でふだんから行なわれているものだ。

 この日のメニューは各自ジョグ。午後練習に30kmのクロカンがあるので、朝は自分のペースで練習する。

「雨なので足元、各自気をつけて。それじゃ楽しく走ろう」

 原晋監督がそう言い終えると円を描いた集団がパッと離散した。各自腕時計でタイムをスタートさせ、トラックや競技場外周のクロカンコースなどを走り始めた。

「秋山隊長、いい走りしているなぁ」

 原監督はちょっとうれしそうだ。春先から調子が出ず、悩んでいた主力のひとりが復調しつつあるのだ。その後も選手の表情を観察しつづけ、秋山ら選手たちは小雨が降る冷たい空気の中、黙々と走り続けていた。

 8月25日から、青山学院大学陸上部の夏季選抜合宿(9月1日まで)が岐阜県御嶽で行なわれた。選抜メンバーは全21名、それ以外の選手はチャレンジ組として乗鞍で合宿に入った。

(御嶽・選抜合宿メンバー)
4年生:安藤悠哉、秋山雄飛、村井駿、田村健人、茂木亮太、池田生成
3年生:下田裕太、田村和希、貞永隆祐、吉永竜聖
2年生:小野田勇次、梶谷瑠哉、富田浩之、橋詰大慧、林圭介、森田歩希、山田滉介
1年生:鈴木塁人、吉田祐也、中根滉稀、花田凌一

 御嶽の選抜メンバーを選考した理由を原監督は、こう語る。

「この選抜メンバーは、春のトラックシーズンでの5000mの成績と夏季全体合宿でしっかりと練習を積み、ベースを上げた選手が中心になっています。1年生が4名も入った。それは1年生が夏合宿を経て、すごく変わるのと、今年だけじゃなく来年以降、飛躍してくれそうなのを感じたからです」

 7月31日から8月16日まで全選手が参加する夏季全体合宿は走り込み中心だったが、選抜合宿のテーマは何なのだろうか。

「選抜合宿のテーマは、精神的なところでは『これから駅伝シーズンに入るよ』というチーム内の意識の共有を図り、一体感を作っていく。身体的な面ではアップダウンのあるクロカンコースで1日30kmから50kmを走り込んで、体の土台作りをするということ。全体合宿同様に質よりも量を重視した練習をするということです。

 クロカンは足に優しいし、1400mの高地トレーニングも兼ねているので、環境としてはすごくいいですね」

 選抜合宿が行なわれた飛騨御嶽高原高地トレーニングエリアは標高約1200〜2200mにあり、高地トレーニングができる場所として有名だ。ロンドン五輪、リオ五輪の5000m、10000mで連覇を果たしたモハメド・ファラー、リオ五輪男子マラソンで銅メダルを獲得したゲーレン・ラップが昨年の世界陸上北京大会前にここで調整したり、昨年、実業団駅伝で優勝したトヨタ自動車、全国高校駅伝で男女優勝を果たした世羅高校などが合宿した。アメリカ・コロラド州のボルダーやスイスのサンモリッツと変わらない高地環境でトレーニングできる場所として、高校・大学陸上部や実業団が利用しており、青学は今年で3回目になる。

 選手は、約1時間走り、終わると原監督に終わった旨を伝えて、宿舎まで軽く走って帰る。朝食は午前7時30分からなので、ケアの時間なども考え、各自時間を逆算して練習を上がっていくのだ。

 食事を終えると、「ほとんど、みんな寝ています」と小関一輝マネージャーが言うように、睡眠を取る選手が多い。朝練が早く、午後練習はハード、宿舎の周辺にはコンビニも何もない。結局、寝るしかないのだが、昼前に学年ミーティングを開く選手もいる。青学は主務、寮長、学年リーダーで構成されたミーティングを行なうが、合宿でも夕食が終わった後に行なわれ、現状の問題点などを話し合っている。それを学年ミーティングに持ち帰って共有し、修正していくようにしている。この日も昼前、下田裕太を中心に3年生の学年ミーティングが食堂で行なわれていた。

 この日の午後の練習は14時30分スタート。20分前には宿舎前の駐車場に出てきて青トレをする。だが、選手はその30分以上前から部屋でバランスボールなどを使いながら、しっかりとアップをしてきている。「練習する時間と同じぐらいケアをすればケガはしっかり予防できる」と原監督が言うように、青学の選手にはその意識が浸透している。

 メインはクロスカントリー30km走だ。A、B、Cの3グループに分かれて、それぞれ4年生が先頭で走る。まず宿舎を出てロードを3.5km走り、クロスカントリーコース(約3.1km=)を8セット(※1セット=コース1周520mのコースを4周、1027mのコースを1周)走り、競技場でフィニッシュする。タイム設定は最初1周520mで1分55秒ぐらいだが、後半になるとピッチを上げていく。

 午前中の雨が上がり、ときどき青空も見えている。コースは多少ぬかるむ箇所もあったが、走る分には問題ない。いよいよスタートだ。

 選手は淡々と走る。彼らの姿が遠ざかり、再び、土を蹴る音が聞こえてくると伊藤雅一マネージャーの「1週目、1分53、54、55、1分55秒」とタイムを報(しら)せる声が響く。

 最初はグループが乱れることなく走っているが、7セット目ぐらいから遅れる選手が出てくる。青トレを実践する中野ジェームス修一が主催する「スポーツモチベーション」でチーフトレーナーを務める佐藤基之は、グループから遅れ、苦しげな表情で走る小野田勇次らを見て、「揺れ」を指摘した。

「体が横揺れして、苦しそうに走るのは、体幹の習得がまだまだということ。感覚的につかめない、そういう選手はいるんです。貞永も1年の時はまだまだだったけど、2年になって体幹がブレなくなった。小野田は才能だけで走っているので、最初はついていけるけど、後半は体幹がブレてきて遅れてしまう。中根もそう。もっとラクに走れるように体幹を向上させていかないといけない」

 選手の走りを後ろから見ているとそのことがよく分かる。体幹がしっかりしている選手は頭の先から爪先まで芯が通ったようにフォームにブレがない。だが、遅れていく選手は肩や頭が横揺れし、喘ぎながら走っている感じだ。青学では佐藤をはじめ、数名のトレーナーが帯同し、フォームのチェックをして選手にアドバイスをしたり、体のケアを行なっている。後方支援もかなり充実しているのだ。

 計測ポイントでは3人のマネージャーがストップウオッチを持ち、伊藤がシートにタイムを記入する。シートには練習メニューとスタート時間、天候、気温、湿度、風向き、練習メニュー、グループ分けされた名前が書き込まれており、周回数とラップが記入できるようになっている。練習後は脈も記入する。また、遅れた選手は欄外に書かれ、そのラップも記入される。

「記入したシートは全選手とLINEで繋がっているので、そこで共有して見られるようになっています。毎年、ほぼ同じ時期に同じ練習をしているので、これを見て、昨年と比較して全体的にも個人的にもどうなのか、分かります。合宿ではこのデータを見て、感じたことを選手は反省書に書かないといけないですし、自分が走った練習の結果を練習日誌にも書かないといけないので、みんなチェックしています」

 常に自分がどういう状態なのかを把握し、それを各自ジョグなど自分のトレーニングに反映させていく。自己管理を徹底するのはアスリートの基本だが、青学に「学生だから」という甘えはない。

 競技場では選手がフィニッシュし、軽くクールダウンを始めていた。

「もっと走れます。もっと走りたいです」

 1年の吉田祐也が笑みを浮かべつつ、余裕を見せる。1年生にとっては初めての選抜合宿だが臆するところはまったくない。

 7月の世田谷記録会で原監督に雷を落とされ、現役続行を断念した稲村健太も"新人マネージャー"として初の選抜合宿だった。

「まだまだできないことだらけです」。稲村は、そう言って苦笑した。

「たとえば、食事の時の監督の席を考えたり、出ていないものを出したり、他のマネージャーはすべきことを理解して動いているんですが、自分はまだまだ気を回すことができていないなって思います」

 7月末にマネージャーになって、まだ1ヵ月も経っていない。夏季全体合宿がデビューだったが、マネージャーの仕事で何が一番大変だと感じているのだろうか。

「練習の準備が一番大変ですね。ひとつのパターンでなく、たとえば大雨になったらこのパターンとか、どのパターンになっても対応して選手が円滑に練習できるようにしないといけない。こっちが対応に追われてアタフタしていては、選手の結果をしっかりとまとめられないので、そこは責任重大です。

 まだスタートしたばかりですが、これからはマネージャーとして自分の経験を伝えていきたいです。自分は陸上部に入ってから5回、疲労骨折しているんです。復帰するまでに2、3カ月かかり、でも練習しないと上には追い付けないので完治ではなく、ある程度治ったら走ることを繰り返していました。

 すると故障していない足に負担がかかり、3カ月周期でどこかしら骨折していたんです。みんなに比べ力不足だったのも否めませんが、そういう経験をしてきたので他の選手には自分みたいになって悔しい思いをしないように、この経験を伝えていきたいと思っています」

 幸い夏季合宿では、大きなケガで離脱している選手はほとんどいない。チームとしては稲村の経験が語られる機会がないことが理想だが、こうした苦しみを知るマネージャーの存在はチームにとって貴重になる。これから秋の駅伝シーズンで本番を裏方として経験し、来年は4年生のマネージャーとして、チームを支える存在になっていくだろう。

 午後6時過ぎ、選手がトラックに集まり、原監督と安藤悠哉主将の言葉で練習が終わった。「夕食は7時から」と小関マネージャーから全選手に伝えられた。選手は宿舎の駐車場に戻り、クールダウンに時間をかける。

「阪神、CS行けるかもしれん」
「いや、ムリでしょ」

 選手たちの笑い声が響く。

 青学陸上部には軍隊的で厳格な上下関係がない。練習後や食事時などを見ていると後輩が軽く先輩をイジる時があるし、先輩もそれを流して笑いにする。練習はピリッとして厳しいがふだんは明るく、いいムードだ。そうしたチームの雰囲気がいい結果を生むひとつの要因になっていることは間違いない。

 全体のクールダウンが終わる下田が競技場の方に走って行った。

「これから川に入ってクールダウンしてきます。冷たくて気持ちいいんですよ」

 主力の姿勢が後輩に好影響を及ぼす。翌日の練習後はバンに乗って6、7人が競技場脇の幕岩川にクールダウンしに行った。

 時間通りに夕食を取り、マッサージなどのケアをして、午後10時に就寝。

 1日がアッという間に終わる。緻密で豊富で濃厚な夏季合宿は選手の心の拠り所となり、自信となって秋の駅伝シーズンに実を結ぶことになるはずだ。

「例年、ケガ人がだいたい1割ぐらいは出るけど、今回はそこまで出ていない。ここまではきわめて順調だと思います」

 原監督は、満足そうな表情でそう言った。自らの経験から、この先、選手とチームがどう成長していくのか、なんとなく見えているのだろう。それが表情に素直に表れていた。

 次の選抜合宿は9月9日、新潟県の妙高高原でスタートする。出雲駅伝をにらんで、いよいよメンバー選考が本格化していくことになる。

(つづく)

佐藤 俊●文 text by Sato Shun