『おばあちゃんとゲーム(1)』(瀬野反人/泰文堂)

写真拡大

 夏休みなどで、地元に帰省した方々は多かったと思う。子供を持つ親御さんにとっては、孫を祖父母に会わせられる数少ない機会だ。もちろんそれは間違いなく大事な行為なのだが、実際に顔を合わせる孫は、祖父母を一体どう思っているのか。世代も遥かに違うため、共通の会話が見つからず困惑しているかもしれない。そんな孫とおばあちゃんが、ゲームを通じて交流する姿を描いた漫画が『おばあちゃんとゲーム(1)』(瀬野反人/泰文堂)だ。

 主人公の「しょーこ」は、作中で明確な言及はないが、おそらく小学生の中から高学年だと思われる。そんな彼女の近くに、おばあちゃんが引っ越してきたところから物語はスタート。しょーこが「プレイステーション(以下PS)」で『幻想水滸伝』をプレイしているときに、おばあちゃんがやって来る。ちなみにPSとは1994年に発売された、いわゆる「次世代ゲーム機」のひとつ。『幻想水滸伝』は1995年にコナミから発売されたRPGだ。このことから漫画の舞台がおよそ90年代後半であることが読み取れる。

 まずおばあちゃんのゲームに対する認識としては「ゲームしてるとバカになっちゃうよ!」というものだ。ゆえに田舎にいた頃は、しょーこをムリヤリ外へ遊びに行かせていた。だが今回は、彼女がプレイしているのを横から見学。湧き起こる疑問を次々としょーこにぶつけていく。そしてゲームの主人公が敵を斬り倒していく姿に「ゲーム=殺す」というイメージが植えつけられるのだった。

 しょーこはといえば、おばあちゃんへの対応やゲームの急展開などで混乱してしまい、ついには「おばあちゃん、あっちいってて!」と叫んでしまった。この世代間交流は一見、失敗したかのように思える。それでもおばあちゃんはゲームをするしょーこに歩み寄ろうとしていたし、しょーこも怒鳴ったことを反省していた。お互いが相手を理解しようとしたことで、交流は前進していたのである。

 これを皮切りに、ふたりのゲーム交流は続く。しょーこが友達から借りてきた『俺の料理』というゲームに興じていたときのこと。『俺の料理』とはソニー・コンピュータエンタテインメントから発売された、料理を作って店の評判を上げていくゲームだ。おばあちゃんはその中で、かぼちゃを輪切りにするシーンを見て衝撃を受ける。そして「かぼちゃはこう切れない」といって、しょーこにかぼちゃの切りかたを実際に教え始めるのだった。ゲームの途中で料理を手伝わされたしょーこはいい迷惑かと思われたが、実際の料理がゲームの理解に役立ち見事クリア。結果として、一緒に料理を作ったことでふたりの関係は、また少しよい方向へ進んだのである。

 この物語、しょーことおばあちゃんの関わりがメインであるが、もうひとつ大事なファクターがある。それが「お姉ちゃん」だ。お姉ちゃんは高校2年生で、何かと妹に構いたがる年頃。しょーこはそれが苦手で「お姉ちゃんももう妹ばなれする歳だよ」とすげない様子だ。文化祭に誘われたしょーこは「ゲームは休みしかいっぱいできないけど、お姉ちゃんはいつもいるし見れる」といって断る。でも姉は「それもずっとじゃないよ」と寂しそうに話す。これは将来、一緒にいられなくなるときが来ると分かっていての発言だ。ゲームに時間を割くのもよいが、家族との「現在」を大切にしてほしいというお姉ちゃん、ひいては作者からのメッセージであるのかもしれない。

 本書ではしょーことおばあちゃんのやりとりが終始、コミカルに描かれている。PS時代なので、若いユーザーにはちょっと馴染みが薄いかもしれないが、ゲームを知らなくても問題なく楽しめる作品だ。本作のおばあちゃんはゲーム初心者だが、これからの社会ではゲーム世代が高齢者となる。案外、若者と高齢者の交流ツールがゲームになる時代は、すぐそこまで来ているのかもしれない。

文=木谷誠