その後はチーム全体がメンタルの回復に努め、バンコク入り後はキャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)の発案で、選手だけでの食事会も実施。1998年のフランス大会以降、アジア最終予選の初戦で敗れたチームの本大会出場確率がゼロという悪いジンクスもあり、ハリルホジッチ監督も頭と心を切り替えることに時間を要した。選手たちはUAE戦後から何度も「気持ちを切り替えてやりたい」と自らに言い聞かせるように語っており、チームとして非常に難しい状況にあったのは事実だ。

 そんな中、数カ月前から最終予選をイメージしてきた西川は、自身にとって初めてとなるタイ渡航を一つの楽しみにしていた。「微笑みの国」とも称されるタイでは、怒られたり嫌なことがあったりした時に、まず笑うという文化があると聞く。西川もタイが「微笑みの国」と呼ばれていることを知っていたそうで、バンコク入り後の練習時にそのことを聞くと、「自分に合っている国」と言わんばかりに自らを指差して笑顔でバスへ乗り込んでいったこともあった。

 今回の最終予選は、西川自身にとっては初めての、そして大きな挑戦となる。正守護神として戦う大一番の連続に見えないプレッシャーを感じながらも、「見たことのない世界を見るんだな」と捉えて目の前の試合に挑む。一つひとつのプレーに、そして試合に集中しながら重圧に打ち勝つ覚悟だ。攻撃陣がなかなかゴールを決めることができなかったとしても、「後ろが我慢強くやれれば、必ず前が点を取ってくれる」と信じてゴールにカギを掛け続ける。

 初戦の反省を生かしたビッグセーブでチームを救った一方で、もちろん反省点も忘れてはいない。83分には左サイドのルーズボールをクリアしに行った際、「思っていたよりもボールが転がらなかった」とペナルティーエリアの左外側で相手選手を引っ掛けて倒し、警告を受けた。「あのレフェリーは何が起こるか分からない。自分ではイエローだと思ったけど、レッドカードが出るかと思って、ちょっとドキッとした」という西川だが、あの場面は「もうちょっとボールに寄っていけば外にクリアできた。そこは反省点として次に生かしていきたい」と前を向く。

 またチームとしても、90分間を通じて試合運びのまずさが目立った。「チャンスの数を見たら、もっと得点が入っても良かった。リードしている段階で試合を終わらせるような得点もそうだし、後ろも完全に相手にスキを与えないような守備を心掛けていきたい」と語る西川。ピンチも自滅に近い形で「自分たちにミスからやられていることが多い」としており、チーム全体の修正ポイントにも言及する。

 最悪のスタートからバンコクでの勝利で少しだけ巻き返したものの、10月はホームでのイラク戦を経て、オーストラリアとのアウェーゲームに臨む。さらに11月にはホームでサウジアラビアを迎え撃つ。本田が「たった1勝で危機感が取れるとも思えない。勝ち続けないといけないイメージ。あとがあるとは思っていない」と話せば、森重も「内容的には全然ほめられるものではない。まだまだ向上する必要はある」と厳しい言葉を口にした。厳しい最終予選が本格化するのはこれからだ。“可能性ゼロ”からの挑戦に関して、「パーセンテージ的にどうなのかという部分が逆にモチベーションになる。ここから這い上がる姿を見せていきたい」と強く意気込む。

 選手たち、そしてハリルホジッチ監督はUAE戦で味わった悪夢から何とか解放された。タイと向かい合うと同時に自らのメンタルとも必死に戦い、そして勝利という結果でしっかりと応えた。ミックスゾーンで話をする選手たちの表情には、厳しさを持ち続けつつ、どこか安堵感が浮かんでいるように見えた。

「微笑みの国」で本当にわずかながら笑顔を取り戻した日本代表。一瞬の判断で相手の決定機を阻止し、チームに流れを引き寄せた“笑顔の守護神”は、ミックスゾーンの最後で顔面で防いだ件のビッグセーブについて触れ、「いやー、顔が大きくて良かったです!」と話しながら、満面の笑みを浮かべてバスへと乗り込んでいった。

文=青山知雄