関連画像

写真拡大

警察官が身分を明かさずにお茶を飲ませて、DNAを採取した捜査方法が違法かどうかが争われた裁判で、東京高裁(植村稔裁判長)は8月下旬、「捜査は違法」と認定し、男性被告人に対して一部無罪の判決を言い渡した。

報道によると、路上生活をしていた男性は2010年と2013年、工事現場の事務所から現金を盗んだとして、窃盗と建造物侵入の罪に問われていた。男性側は、埼玉県警の警察官が身分を明かさずお茶をすすめて、紙コップからDNAを採取して逮捕したとして、「違法捜査だ」と主張していた。

植村裁判長は「DNAをむやみに採取されないことは重要な利益で、令状なくDNAを採取したのは違法」と判断。2010年の事件については無罪、2013年の事件については懲役1年10カ月の判決を言い渡した。

一方で、一審・さいたま地裁は「捜査は適法」と判断していた。今回のような捜査手法が、違法にあたるのかどうかの判断の分かれ目はどうなっているのだろうか。刑事事件にくわしい萩原猛弁護士に聞いた。

●「任意捜査」と「強制捜査」の区別はどうなっているのか?

「警察の捜査は、関係者の協力を得ておこなう『任意捜査』が原則です。

強制手段を用いておこなう『強制捜査』は、法律の要件を満たした場合にのみ許されます(刑事訴訟法197条1項)。

今回のケースで、一審・さいたま地裁は、警察官による男性からの唾液採取を『任意捜査』と認めて、適法としました。

『任意捜査』と『強制捜査』の区別の『基準』について、かつては『有形力』(物理的な強制力)があるかどうかが『基準』として重視されていました。

この『基準』によると、人の身体を実力によって拘束する『逮捕』や、住宅内に侵入して証拠を探して持ち帰る『捜索』『押収』は、『強制捜査』ということになります。

これらの捜査は、原則として裁判官の発した『令状』に基づいておこなわれています。

今回のケースで、埼玉県警の警察官は、路上生活者であった被告人に対し、警察官の身分を明かさず、お茶をすすめて紙コップから唾液を採取してDNA型を入手したというのですから、『有形力』を用いたとか、『実力行使』したというわけではなさそうです。

そうすると、『有形力』の有無を『基準』にすれば、一審・さいたま地裁の認定のように、今回の唾液採取は『任意捜査』ということになるでしょう」

●「警察による管理社会の到来に警鐘」

「では、『有形力』の有無を重視する考え方は正しいのでしょうか。

テクノロジーの発展によって、物理力を伴わなくても、関係者の権利・利益を害する捜査手法は不断に開発されているはずです。『有形力』の有無を基準としていたのでは、捜査活動を規制することは不可能になってしまいます。

最高裁も『強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する』として、『有形力』の有無を『基準』として重視していません(1976年3月16日・第三小法廷決定)。

問題の捜査活動が、法定の厳格な要件・手続によって保護する必要のあるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約をもたらすものか否かによって『任意捜査』と『強制捜査』を区分すべきでしょう。

今回のケースの東京高裁も、唾液採取によるDNA型の入手について『重要な権利・利益の侵害を伴う場合は強制捜査に当たる』『個人識別情報であるDNA型をむやみに捜査機関に認識されないことは重要な利益で、令状なく採取した警察官の行為は違法』と判断しました。

ヒトの細胞内のDNA型は、個人を高い精度で識別することを可能とするもので、それは究極の個人情報であって、個人のプライバシーに属するものであることは明らかでしょう。

捜査機関による唾液採取の活動には、当然、令状主義の規制(裁判官が事前に犯罪の嫌疑の有無や強制捜査の必要性などの審査をすること)がおよぶべきです(憲法35条)。警察官が、事前に裁判官の審査を受けることなく、個人を騙して個人情報を取得するようなことが横行すれば、警察による個人情報の管理社会が到来することになります。

今回の東京高裁の判決は、そのことに司法が警鐘を鳴らしたというべきでしょう」

(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
萩原 猛(はぎわら・たけし)弁護士
埼玉県・東京都を中心に、刑事弁護を中心に弁護活動を行う。いっぽうで、交通事故・医療過誤等の人身傷害損害賠償請求事件をはじめ、男女関係・名誉毀損等に起因する慰謝料請求事件や、欠陥住宅訴訟など様々な損害賠償請求事件も扱う。
事務所名:ロード法律事務所
事務所URL:http://www.takehagiwara.jp/