『目の見えないアスリートの身体論』(伊藤亜紗/潮出版社)

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 史上最多、日本が前大会を上回る41個のメダルを獲得したリオ五輪。毎日のように寝不足だったのも記憶に新しいが、リオデジャネイロの熱気はまださめやらない。今月8日からは、障がい者スポーツの世界的祭典・リオパラリンピックが開幕。22競技528種目、132人もの日本代表選手たちが活躍する。

 ところで、健常者にとっては当たり前のように行われるスポーツだが、障がい者にとってのスポーツとはどういったものだろうか。例えば、義足でトラックを踏むとどんな“感触”がするのか。健常者にとっては、その感覚は伝わりづらいものである。

 その疑問を解き明かすのが、書籍『目の見えないアスリートの身体論』(伊藤亜紗/潮出版社)だ。障がい者スポーツとは「『障がいがあってもできるスポーツ』ではなく、「障がいがあるからこそ出てくるからだの動きや戦略を追求する活動」と著者はいうが、本書にある、アスリートの証言を紹介していこう。

歩数ではなく“秒数”から何メートル動いたかを計算

 競技種目のひとつであるブラインドサッカーは、フットサルコートと同様のフィールドで行われるスポーツ。

 通常のサッカーやフットサルと違い、ピッチは高さ1メートルほどのフェンスで覆われている。ボールがサイドラインを割ることはないためスローインやキックインはないが、フェンスからの跳ね返りを利用するブラインドサッカーならではのパスを駆使する場面もある。また、選手たちは公平を期すためアイマスクを付け、特別なボールから出る“音”を頼りにプレイしていく。

 アジア最終予選で4位となり、今大会では惜しくも出場を逃したブラインドサッカー日本代表。しかし、その中のひとり、落合啓士選手は自身の立ち回りをロジカルに解説する。

 落合選手は高校3年生でレーベル症(片眼または両眼の比較的急激な視力低下が起こる視神経症)を発症。今年で39歳を迎えたが、20歳前後で両眼の視力を失った。

 本書の時点(31歳)では「目の見え方は光を感じる程度なので、明るい/暗いは分かります」とする落合選手だが、音については「こもったり反響する度合いも感じますね」と語る。

 本書では、著者がアスリートたちへ質問を投げかけていくが、例えば、視覚の閉ざされた中で走るという動作についてはどうか。「感覚で10メートル走るということが最初の頃はできませんでした」という落合選手は、以下のように話す。

足裏でかなりの情報をキャッチしています。ただ、今は足だけじゃなく体全体で、「このスピードでこのくらい走ったら10メートルだな」というようなことを無意識に計算しています。歩数というより秒数を感じながら、「自分の全速力で走ると、何秒後にこれくらい進んでいるだろう」という予測を立てています。

ピッチの状況をビジュアル化。主観と俯瞰が頭の中で切り替わる

 サッカーで重要となるのはゴールや相手選手との距離感。それは、攻撃の面でも守備の面でも必須となる。落合選手は、ピッチを「常にビジュアル化しています」と話す。

ゴールのように確実に動かないものはビジュアル化しやすいですが、人はそうはいきません。声がすると、「あそこに人がいるんだな」と分かるので、声がするたびいきなり(人型の)ピンが出てくる感じですね。

 ブラインドサッカーでは、ボールを持った相手へ向かう時に「ボイ、ボイ」と声を出す決まりがある。さらに、敵のゴール裏には「ガイド(コーラー)」と呼ばれる味方がいて、攻撃時には、ゴールまでの距離や角度、シュートのタイミングを声で選手たちへ伝える。

 しかし、ピッチの状況が瞬時に切り替わるのもサッカーの特徴。特に、ディフェンスを組織化するためには、味方選手との距離感がより重要となる。落合選手は、想像の中で“主観”と“俯瞰”が切り替わると説明する。

「オフ・ザ・ボール(パスを受けるために動くなど、選手がボールに関与していない局面)のときは、ピッチ全体を上空から俯瞰しているように見えます。でも自分がボールを持つと、自分の主観ショットになります。」(本文の内容を抜粋して要約)

 さらに、ゴールキーパー、監督、相手ゴールの裏にいる「コーラー」を頭の中で結び「座標軸のようなものを作っています」と付け加える。

コーラーとキーパーっていうのは、縦軸でほぼ結ばれています。横5メートル動けますけど、その範囲にいるわけです。そして、監督のポジションっていうのは、ピッチのサイドラインの外にあるわけですが、センターラインの3メートル後ろにいるっていうのを情報として入れておけば、声よりも3メートル前へ行けばハーフですから、これが横軸になります。

 本書では落合選手以外にも、同じくブラインドサッカーの日本代表である加藤健人選手、また、競泳の木村敬一選手、陸上の高田千明選手、ゴールボールの安達阿記子選手のインタビューも収録されている。

 人は情報の9割を視覚に頼っているという話もある。落合選手の証言を振り返ると、一見“サッカー”という単語に意識を奪われがちだが、健常者の想像するものとはまったく異なる競技であるようにも映る。リオパラリンピックの開催前に、障がい者スポーツならではの“感覚”に本書からふれてみるのはいかがだろうか。

文=カネコシュウヘイ