錦織圭は、US(全米)オープンテニスで、2年ぶりに2度目のベスト8入りを決めた瞬間、控えめに右手で握りこぶしをつくった。グランドスラムでは今季2回目、キャリア通算で6回目のベスト8だが、今の錦織にとっては、喜びに浸るステージではなく、ただの通過点だ。

 第6シードの錦織(ATPランキング7位、8月29日付け、以下同)は、4回戦で第21シードのイボ・カルロビッチ(37歳、クロアチア)を、6−3、6−4、7−6(4)で破って準々決勝に進出した。そして、今季マッチ50勝に早くも到達した。

 カルロビッチに21本のサービスエースを決められた錦織だったが、得意のフォアハンドストロークで19本のウィナーを放ったのをはじめ、トータルで44本のウィナーを打ち込んでゲームを支配した。

「今日の試合はすごくよかった。2週目に入ってやっといいテニスができ始めている」と語った錦織は、驚くべきことに3セットを通して、リターンにアンフォースドエラー(凡ミス)がゼロだった。さらに、フォアハンドとバックハンドのストロークの凡ミスは、第1、2セットはゼロで、第3セットにそれぞれ1本だけだった。いかに錦織の集中力が高かったかがうかがえる。

「あまりストローク戦がなかったので、リズム的にはあまりつかめたわけではないですけど、サーブとリターンがやっとよくなって、徐々にいいテニスになってきているのかなと思います」

 また、懸念された錦織のファーストサーブは、確率こそ60%だったが、ファーストサーブのポイント獲得率は84%と高く、一度もカルロビッチにサービスブレークを許さなかった。

「(カルロビッチは)そんなにリターンがいい選手ではないので、あまり(サーブの)リスクを冒さなくてよかった。ファースト(サーブ)を入れとけば、何とかなるかなと思っていたので、なるべくファーストの確率を上げてプレーするように心がけていました」

 これにより準々決勝では、第2シードのアンディ・マリー(2位、イギリス)と対戦することになったが、対戦成績は錦織の1勝7敗で、直近の対戦であるリオデジャネイロオリンピック準決勝でも、ストレートで錦織が敗れた。

 マリーはツアー屈指のリターナーで、特にバックハンドのカウンターショットのキレは現在世界一といっても過言ではないが、錦織に対して警戒を怠らない。

「圭はニューヨークでいいプレーをする。彼は世界のベストプレーヤーのひとりで、とりわけハードコートでは強い。僕が彼を倒すには、2〜3週間前(リオでの準決勝)のようないいテニスをする必要がある。とてもタフになるだろう」

 このように語るマリーは、それほど球威のない錦織のセカンドサーブに対して、ベースラインから約2mステップインしながらリターンをして、確実に錦織へプレッシャーをかけてくる。

「(マリーは)リターンゲームでは一番前に入ってきて、攻めてくる選手です。リターン力は、僕の中では一番いいと思うので、なるべくファースト(サーブ)を入れることがまた重要になると思います」

 錦織はリオデジャネイロオリンピックで、卓球の水谷隼が個人戦で銅メダル、団体戦で銀メダルを獲得したシーンが印象に残っているという。水谷とは2008年北京オリンピックの選手村で相部屋になった。

「(水谷くん)かっこよかったですね。もちろん団体も見ていましたし、個人の3位決定戦もすごく見ごたえのある試合でした。最後、(団体戦の)中国にあれだけ攻め入って、彼自身1勝をして、すごくかっこいいなと感じました」

 リオの団体決勝で、卓球王国の中国に果敢に立ち向かって一矢を報いた水谷に、錦織は今シーズンのツアーを支配するノバク・ジョコビッチ(1位)、そしてマリーと対峙する自分の姿を重ね合わせて、大きな刺激を受けている。

「卓球の歴史はわからないですけど、中国という一番強い国に対して、あの大きな場面で、(水谷は)中国に勝ったりできる才能を持っている選手だと思う。僕も同じで、ジョコがいて、マリーがいて、上の選手にあれだけ強い気持ちで切りかかっていくというのは、簡単なことではないです」

 錦織の悲願であるグランドスラム初制覇をするために、やはりマリーは避けては通れない難関だが、もし突破できれば逆に道が開ける。

「体力的に問題なく、自信をもって迎えられる試合なので、楽しみ。なるべく強い気持ちをもって向かっていきたいですね」

 錦織にとって大一番となるマリー戦は、今持っている力を最大限にぶつけなければならない真価を問われる戦いになる。

神 仁司●文 text by Ko Hitoshi