画像はイメージです(Naotake Murayamaさん撮影、Flickrより)

日本人はウナギが大好物だ。特に夏には、さまざまな飲食店で、食欲を誘うウナギのかば焼きが売り出される。

一方で、ニホンウナギやヨーロッパウナギは生息数が激減、近年では絶滅が危惧されている。私たちは、このままウナギを食べ続けていいのだろうか。ぶらいおんさんの意見を聞いた。

専門家の努力と、消費者の「節制」が問われる

今や、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されている。土用の丑の日ばかりで無く、日本人はご馳走の一種として頻繁に鰻の蒲焼きを食べ続けている。

一方、スペイン、特に美食の街と呼ばれるサン・セバスチアンでは伝統の食習慣としてタンボラーダ(太鼓祭り)の日にはアングーラス(シラスウナギ ... ヨーロッパウナギの稚魚)を食べて祭りを祝っている。最近では、非常に高価となり、レストランでは小皿1杯で1万円もするという。筆者も何年か前スペインを訪問した折、友人でサンタンデール市に定住していた日本人彫刻家とレストランで注文して食べたことがある。その頃でも、その友人は「高いぞ!」と言っていたが、はっきりした記憶は無いが、1万円よりは遙かに安かったはずだ。

ちょうど、今筆者が暮らしている和歌山市近くの海から揚がり、この季節に街の魚屋で気軽にビールや酒の当てなどにする「カマスゴ」と呼ばれるカマスという魚の仔を塩茹でしたものに外観は似ている。もっとも、こちらはさっと醤油や酢醤油をかけ、好みの香辛料を添える、あっさり系だが、アングラースの方は茹でたものをオリーブオイルやニンニクと唐辛子で調理した、どちらかと言えば、こってり系となる。

余談だが、非常識なほど高価となったアングーラスは今や、誰でもが祭りの季節到来で、気軽に食べられる食品では無くなり、普通の家庭では、代用品として白身魚のすり身を加工し、シラスウナギ形状としたものを利用しており、そしてこのすり身技術は日本からの製法だという。25年前から生産開始され、今や、年間数十億円を売り上げる産業だという。

聞くところによれば、元々、鰻の蒲焼きも、江戸時代は「安い、早い、うまい」で庶民に人気があったらしく、今のように「高い、遅い、うまい(は強化されたか?)」とは、だいぶ異なっていたらしい。

ここで、筆者は、(ちょっと大袈裟かも知れぬが)ニホンウナギやヨーロッパウナギを上述のように食する習慣は、いわゆる文化として捉えるべきか?それとも、もっと広く人類全体の文明的視点からの問題として論ずるべきかを?考えてみたい。

もっとも、この「文化」、「文明」という言葉もいろいろ解釈があるようで、一概に言えぬが、これに関して分かりやすい考え方があるので、紹介したい。

それは司馬遼太郎の「アメリカ素描」 (新潮文庫) の中で、彼が述べている「文明」と「文化」についてである。すなわち、次の通りである。

『人間は群れてしか生存できない。その集団を支えているものが、文明と文化である。いずれも暮らしを秩序づけ、かつ安らげている。
ここで、定義を設けておきたい。文明は「たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの」をさすのに対し、文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的でない。
たとえば青信号で人や車は進み、赤で停止する。この取り決めは世界に及ぼしうるし、げんに及んでもいる。普遍的という意味で言えば交通信号は文明である。逆に文化とは、日本でいうと、婦人がふすまをあけるとき、両ひざをつき、両手であけるようなものである。立ってあけてもいいという合理主義はここでは成立しえない。不合理さこそ文化の発光物質なのである。同時に文化であるがために美しく感じられ、その美しさが来客に秩序についての安堵感をもたらす。ただし、スリランカの住宅にもちこむわけにはいかない。だからこそ文化であるといえる。』

取り敢えず、筆者は、この定義に従って「ウナギ問題」を考えることにする。そうすると、鰻の蒲焼きも鰻重、鰻丼も日本の食文化の一つと言うことになろう。

また、現存する特定の店を、個人的にPRしようという意図も理由も全くないのだが、和歌山県新宮市の古い鰻屋「鹿六」は、新宮出身の文人・佐藤春夫や多くの文化人、地元旦那衆が好んで通っていたというばかりでなく、筆者にとっては歴史的ないわれを持つ、忘れてはならない場所の一つとなっている老舗である。

それは、明治時代の末期に世の中を大いに騒がせた、有名な冤罪事件「大逆事件」と称される幸徳事件にまつわる逸話である。

四国高知出身の幸徳秋水が予てから親交のあった新宮在住の、ヒューマニスト、ドクトル大石誠之助らを訪ね、名勝「瀞八丁」に舟を浮かべ清遊した折、この老舗「鹿六」で、鰻の蒲焼きを賞味しながら歓談した、と伝え聞く。

筆者も東京から最初に新宮を訪れた際、当然、今では古ぼけた、この店で感慨に浸りながら鰻を味わった。その後も他所から、この熊野地方を訪れる親友や知人を案内する際は、この地方を知って貰うために欠かせない場所となっている。

もし、ここで鰻の蒲焼きや肝焼きが食べられなくなると、歴史や文化の観点からは困ったことになるに違いない。

しかし、司馬の定義からすれば、『文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的でない。』ということになるので、当然、絶滅が危惧されている生き物を、未来について何らの展望も無く、自分たちの文化のために無闇矢鱈に採取し尽くしてよい、ということには、どうしてもならないだろう。

では、どうすればよいか?それを7月18日に放送されたNHK BS1スペシャル『うなぎ未来への旅』というドキュメンタリーの内容を紹介しながら、筆者の知識を加えながら述べてみよう。

現在、日本で一般に蒲焼きとして消費されている鰻の殆どは、ヨーロッパで捕獲されたヨーロッパウナギの稚魚が中国や東南アジアへ輸出され、これらの国が稚魚を養殖して、一定のサイズまで育て、それが日本に輸出されて、我々日本人の食卓に上がる仕組みになっている、とのことだ。この国際取引の8割までが日本向けだ、と言われる。つまり、我々が今食べている鰻の殆ど全ては、こうした経路を辿るヨーロッパウナギの稚魚を養殖したものというわけだ。

1980年までの20年間には、それまでの輸入量の3倍となり、年間の輸入量が8億匹に上ったこともあるそうだから、これは単純計算でも、赤ん坊から老人まで日本人1人当たり年間8匹強の消費となるから、とても正気の沙汰とは思えない。

或る時期まで、浜名湖は輸入したヨーロッパウナギの稚魚を養殖する日本一の養鰻地域であったが、今では輸入シラスウナギの高騰で採算が取れず、廃業する業者が続出し、今やその廃業跡地はソーラー発電用基地となっている。その中で、未だに養鰻事業を継続し、頑張っている山下昌明さん親子の姿が、上記のドキュメンタリーで紹介されていた。

ヨーロッパウナギの稚魚は8年前に、そしてニホンウナギの稚魚は昨年、それぞれ絶滅危惧種に指定された。ヨーロッパウナギは既に輸出規制措置が執られているので、今、養殖のために輸入されている稚魚は、アメリカとアジアからのもので、3年前から稚魚の価格は1匹500円にもなっているという。

上に述べた、今も浜名湖で養鰻事業を親子で続けている業者は、鰻の蒲焼き店も営業しているのだが、その一方でこんな取り組みも行っている。それは店を訪れた客の中で、希望者には無料で自ら経営するビニールハウス内の養鰻業務を見学させ、養殖鰻にも触れて貰い、理解を深めることと、現在ヨーロッパウナギおよびニホンウナギの稚魚が絶滅危惧種に指定されており、また輸入規制を受けている結果、残されたルートからの稚魚を細々と養殖している実態を伝え、更に米国のWWFという自然保護基金はワシントン条約の中に、あらゆるウナギの輸入規制を盛り込むことを提案している状況で、もしこれが来年開催予定のワシントン条約会議で取り上げられ、決定するような事態となれば、ウナギの養殖自体が不可能となることを、一般消費者にもアピールし、考える機会を提供する、というものだ。

インタビューを受けた見学者は「鰻が、ジャイアントパンダやトキと同じような絶滅危惧種とは知らなかった。」と口々に答えていた。そして、全面的な輸入規制が実現すると、鰻の蒲焼きに供することの出来る鰻は日本国内で獲れる天然のニホンウナギだけとなり、流通量は今の2割程度となるというのだから、一般庶民の口に入る機会は殆ど永久に失われることになるだろう。

このような最悪の事態を何とか回避しようという努力も、無論、それこそ文明的な視点から積極的に行われている。特に、日本人は何とか乱獲を避け、資源保存に繋がる手立ては無いか?と色々な試みをずっと続けて来た。

だが、これだけ人類、特に日本人やスペイン人に親しまれている生物でありながら、鰻にはまだまだ解明されていないことも多い。例えば、その産卵についてだ。

鰻の産卵の状態は今のところ不明で、その実態は確認出来ていない。具体的には、産卵場所も、時期も、その様子も、未だ嘗て誰も確認したことは無い。その鰻の産卵状況を世界で初めて撮影し、記録に留めようと、研究、努力されている方が、世界的な第一人者とされるウナギ博士日本大学教授塚本勝巳氏である。

彼は、その産卵場所を西マリアナ海嶺と見当をつけ、『2011年6月29日学術研究船白鳳丸に搭載したプランクトンネットを用いて、産卵直後から2日程度経過した147個の受精卵の採取に成功した。春から夏にかけての新月の2-4日程度前の日没から23時の間、水深150-180 mで産卵されたと推定される。』

(注)『』内はウィキペディア(一部筆者による補足あり)より。

しかし、産卵状態そのものの撮影は台風の影響で、現場海域への白鴎丸の到着が遅れたため、成功していない。今後の成果が待たれるところだ。

一方、鰻の完全養殖も、三重県にある国立水産総合研究センター増養殖研究所で、今から6年前の2010年に既に成功している。

これは先ず、ウナギの卵を人工授精させて、受精卵を飼育するというものであるが、孵化は受精卵の3割成功したが、稚魚まで成長するものは更に0-15%である、という。最初の内は、このレベルにすら到達できず、卵が孵化して、いわゆるレプトセフェラス*『(葉形幼生、Leptocephalus)と呼ばれ、成魚とは異なり透明な柳の葉のような形をしている。この体型はまだ遊泳力のない仔魚が、海流に乗って移動するための浮遊適応であると考えられている。』となっても、これを育てるための餌が不明で、全て死滅させてしまっていた、という。

*(注)『』内はウィキペディア(一部筆者の補足あり)より。余談だが、筆者はレプトセフェラスを、過去に自身の目で観察したことがある。場所は確か、当時自分の小型ヨットを保管していた三浦海岸の波打ち際で、小学生前後の長男を同道していた。

研究チームリーダーの田中秀樹さんは、レプトセフェラスの餌を求めて20種類以上の物質を試し、ついにレプトセフェラスが食べる餌を発見した。それはアブラツノザメの卵であるという。その結果、孵化したレプトセフェラスを稚魚まで育てることが可能となり、更にこれを育てて卵子や精子を採取するところまで到達し、これらを再び人工授精して、孵化させるという循環状態を確立することに成功している。

そんな完全養殖技術があるなら、その改良を進めれば、鰻の蒲焼きの未来は明るく、何の心配も無いではないか?と読者は思われるかも知れぬが、実際は、そう単純なものでは無く、たとえ、今の完全養殖技術が実施されたとしても、その実用化には程遠く、結論から言えば、現在の日本国内の消費量の略1割程度を補う役にしか立たない、という。

その理由は、苦労して発見した、現在唯一のレプトセフェラスの餌であるアブラツノザメの卵にある。実用化に向けて、この完全養殖技術を実施すると、その製法が一般に確立される前に、アブラツノザメの方が絶滅してしまうだろう、という見通しがあるからだ。

地球的観点の普遍性からすれば、特定の国々の固有の文化だから、という理由だけでは、絶滅の危惧が存する生き物に対し、何らの手も打たずに放置し、消滅させてしまうことは文明的見地からすれば当然、許されまい。

欲望の赴くままに、無節操に行動するのでは無く、何事にも「身の丈に相応しい振る舞い」が求められる、ということだろう。より具体的に言えば、無闇矢鱈に食欲の赴くまま食べ散らすのでは無く(ましてや、完食せず、余りを廃棄するなどは言語道断)、巡り来る季節を確認し、味わう目的で、土用の丑の日には美味しい鰻の蒲焼きを楽しむ、という我が国の文化は絶やすこと無く、余裕を持って残して行けるように、専門家による一層の努力と、我々一般消費者の節度ある抑制が大いに求められる所以だ。

問題解決のためには、欲しいものは見境無く、兎に角、手に入れようとする、ノーテンキで見苦しい生き方を恥じ、分に応じ、広く地球環境にも目を配り、他者との共生を心懸けるような生き方が人類、いや地球上のあらゆる生きとし生けるものから常に求められていることを、日本人一人ひとりが確り自覚することに尽きるのであろう。

筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh