「自分が正解だと思っていたこととはまったく別の正解がこの世に存在すると知ったことは、僕にとって大きな変化」と語る内村宏幸氏

写真拡大

『ひねり出す力 “たぶん”役立つサラリーマンLIFE!術』著者の内村宏幸氏は、ウッチャンナンチャンの内村光良(てるよし)のいとこにあたる人物だ。

お笑い界の舞台裏で、これまで5千本以上のコント脚本を執筆してきた作家は、いかにして生まれ、いかにしてそのコント脳を磨いてきたのか? 長く業界の第一線で活躍する著者の、独自の仕事観が初めて明かされた。

―運命の流れに身を任せ、不思議な縁で放送作家になった様子が本書でつづられています。転機となったのは?

内村 作家になるきっかけになったという意味で一番の転機だったのは、やはり『笑いの殿堂』という番組ですね。まだ駆け出しだったウッチャンナンチャンにくっついて、収録の現場に足を運ぶうちに運良く声をかけてもらい、初めて放送作家として仕事をしたのがこの番組です。

何しろ、それまではコントはもちろん、文章すら満足に書いたことがなかったんです。見よう見まねでコントをひとつ書いたら、それがたまたま採用されて、そのままあまり自覚することなく放送作家になっていた、という印象です。

―そこで“たまたま”声がかからなければ、まったく違う人生になっていた可能性も…。

内村 本当にそう思います。たぶん、その場合は今頃、路頭に迷っていたのではないかと、大まじめに感じます。作家になる以前は、とにかくだらしない生活を送っていました。毎日10時間以上寝ていて、20代なのに床ずれができたり…。

あるいは、マスコミの仕事に対する憧れは人一倍ありましたから、なんらかの形でこの世界の片隅にしがみついていたかもしれませんが、あまりいい大人にはなっていなかったでしょうね(苦笑)。

―ともあれデビュー以降、『オレたちひょうきん族』『夢で逢えたら』や、最近は『サラリーマンNEO』『LIFE! 〜人生に捧げるコント〜』などを手がけ、非常に順風満帆な作家生活のように思えます。

内村 最初から割と順調に仕事をもらうことができたのは幸いでした。当時は今よりテレビやコントを取り巻く環境が恵まれていたおかげもあるでしょうね。ただ、本書の中でも少し触れていますが、担当していた番組が3つ同時に終わったことがあり、そのときはさすがに焦りました。番組がなくなれば、次の週からその分の収入がなくなってしまいます。あらためて、そういう職業なのだと実感させられた瞬間でした。

―そうした危機感から、作家としての“武器”を持たなければとコントに目覚め、現在まで5千本以上の作品を執筆されています。

内村 他人に負けない売りが必要だという、当たり前のことに気づいたのが30代の前半ですから、かなり遅めなんですけどね(笑)。僕の場合、たまたまこの世界の入り口がコントでしたから、自然とその方向に向かいましたが、バラエティなどのジャンルではほかの作家にとてもかなわないだろうという自覚もありました。結局、自分が最も楽しく仕事ができ、居場所を確保できそうなジャンルが、僕にとってはコントだったわけです。

―バラエティなどと比べ、コントをつくる面白さや喜びは、どのような点にありますか?

内村 バラエティの場合は会議ひとつをとっても、大部屋に大人数が集まって、皆でワイワイ意見を出し合いながらつくっていきます。しかし、コントは脚本ですから、最初から最後まで自分ひとりで仕上げなければなりません。ここにひとつの醍醐味(だいごみ)がありますね。

また、他人から「どういう仕事をしているの?」と聞かれたとき、バラエティでは具体的にどの部分を自分が担当したのか、説明が難しいんです。その点、コントは「自分が書いたのはあの作品です」「あのキャラクターを考えたのは僕です」などと明確に言えますから、成果が見えやすい。街で見かけた子供が、自分のつくったキャラクターのまねをしているのを見かけたときなんて、ほかの何にも代えられない喜びを感じますよ。

―しかし、アイデアに詰まって苦しむ局面もつきものでは?

内村 それはもちろんあります。ほかのジャンルの仕事ばかりこなしていると、久々にコントを書こうとしたとき、使う脳が異なるのか思うように筆が進まないこともざらです。しかし、僕たちの仕事は常にアイデアが出ないことが許されない状況に追い込まれがちなので、無理やりにでもひねり出します(笑)。

―放送作家になったことで、世の中を斜めから見る視点が養われたという記述がありました。これは日常のどのようなシーンで実感するものですか。

内村 それまでは周囲の言うことをうのみにするばかりで、自分の意見をまるで持たない人間でした。だまされやすい人間だったともいえますが、それが放送作家として鍛えられていくうちに、他人の言葉の“裏”を想像するようになりましたね。

例えば、ショップで「ポイント○倍」といったサービスをやっているのを見ても、「最初からその分、価格を上乗せしているのではないか」と疑ってかかるようになりました(笑)。自分が正解だと思っていたこととはまったく別の正解がこの世に存在すると知ったことは、僕にとって大きな変化です。

―そうした視点が、企画づくりにおいて不可欠であると。

内村 というか、それしかないと言ってもいいでしょう。面白いアイデアやコントは、ひねくれた視点で物事を見るところから生まれるものだと思います。ただ、年齢とともにどうしても、突き抜けた斬新な発想力では若手にかなわなくなってきます。そこを球種でカバーするような立ち回り方が必要になってきているのも事実ですね。キャリアに応じて誰しも引き出しは増えていくはずですから、ひとつのネタを過去のネタに照らし合わせて完成形の見通しを立てる、といったようなやり方です。

―そんな内村さんですが、最近では自らの講座で後進の育成にもあたられています。

内村 これは業界への恩返しなんです。ずっとコントばかりやってきたので、これなら自分にも教えられるだろう、と。次の若い世代を育てなければ、このジャンルが廃れてしまいますからね。セットや脚本づくりにお金がかかるコント番組は、制作サイドにとってコスパの悪いコンテンツになりつつあります。しかし、そうした時代を吹き飛ばすくらい面白いコントをつくれる人に出てきてもらいたいですね。

●内村宏幸(うちむら・ひろゆき)

1962年生まれ、熊本県出身。88年、フジテレビの『笑いの殿堂』で放送作家としてデビュー。以降、『オレたちひょうきん族』『夢で逢えたら』『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』『ダウンタウンのごっつええ感じ』『笑う犬』『ウンナンの気分は上々。』『内村プロデュース』『サラリーマンNEO』『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』『となりのシムラ』など、数々の人気番組のコントを手がける

■『ひねり出す力 “たぶん”役立つサラリーマンLIFE!術』(集英社クリエイティブ 1000円+税)

ウッチャンナンチャン・内村光良のいとこであることからバラエティの世界に飛び込んだ著者が、コント職人として名を馳せるに至った思考法を開陳。コント的センスに基づく企画づくりの極意、発想力の磨き方、そしてネタのひねり出し方を余すところなく伝授する!

(インタビュー・文/友清哲 撮影/村上庄吾)