『嗤う名医』(久坂部 羊/集英社)

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 麻痺して回復が見込めない手足を巡る鮮烈なデビュー作『廃用身』(幻冬舎文庫)に始まり、日本医療小説大賞を受賞した『悪医』(朝日新聞出版)、ドラマ化された『破裂』『無痛』(ともに幻冬舎文庫)など、久坂部羊といえば、現場のリアルを鋭く抉るシリアスな社会派医療サスペンスの書き手という印象が強い。だが「それしか知らない」のはもったいない。『嗤う名医』(集英社)は、皮肉とブラックユーモアに満ちた、著者の別の面を味わえる一冊だ。本作があつかうテーマへの読者の関心は高く、発売してすぐに重版がかかる好調ぶりをみせている。

 収録されているのは、医療現場を舞台にした六つのミステリ。嫁の介護に不満を持つ老人の独白で構成された「寝たきりの殺意」、豊胸手術で入れたシリコンを胸から取り出したい女性を描く「シリコン」、自分にも他者にも厳しい医師が自分のミスに気付く「至高の名医」、頭蓋骨が好きでたまらない解剖学講座の技術員の思いがほとばしる「愛ドクロ」、身勝手な患者や家族に振り回されながら笑顔を絶やさない医者の裏側を綴った「名医の微笑」、そして人の嘘を見抜くことができる医者が派閥争いに巻き込まれる「嘘はキライ」。

 ときにはユーモラスに、ときにはシニカルに、そしてときには徹底してブラックに綴られたこれら六篇に共通するのは、エンタメの皮を被りながらもその底辺に流れるリアリティだ。「シリコン」や「嘘はキライ」に登場する医者のエゴ、「至高の医者」や「名医の微笑」で綴られる医者のストレス。ストーリーはフィクションでも、そのベースにある彼らの〈実態〉は、決して作り事ではないのだろうと思わせる。だから、怖いのだ。だから、不気味なのだ。どんなに大げさに面白おかしく書かれていたとしても、「所詮、小説」と斬って捨てることを許さないリアリズムが、読者をからめとる。それは、畢竟、患者も人間なら医者も人間、ということに尽きるだろう。

 ハートウォーミングな医療小説も、困難と戦う立派な医療現場を描いた感動小説も、もちろんいい。だが現実は決してそれだけではない。医療現場には、残酷でグロテスクで理不尽な、人間臭い出来事も多々あるはずだ。安易なハッピーエンドに走らないのは、現実を知っている医師ならではかもしれない。そういう意味では、手法が異なるだけで、本書もまた著者の社会派医療サスペンス同様に「現場のリアルを鋭く抉る」作品なのである。

文=大矢博子