■知られざる女子日本代表〜Beautiful Woman(3)

「まさか!」

 その瞬間は、信じられない思いだった。そして今、堀口文(26歳)は天井を仰ぎながら、そのときのことをこう振り返る。

「自分の一番ほしいものは、そう簡単には手に入らないんだなあ」

 2014年、さらなるスキルアップを目指した7カ月のドイツ留学から帰国した日。2015年の世界選手権へ向けた日本での練習を開始した矢先、堀口はアキレス腱を断裂したのだった。

 ラートという競技を知っているだろうか。2本の鉄の輪が平行になるように組み合わせた器具(ラート)を用いて、様々な動きを行なう体操の一種だ。競技としては、クルクルと2本の輪が床に付いたまま回転する「直転」、ラートを傾けて1本(片側)の輪のみで回転する「斜転」、ラートを転がし、その上を跳び越える「跳躍」の計3種目がある。世界的に見ると発祥の地であるドイツが圧倒的に強いが、近年は日本選手のレベルも高く、男子は世界で何度もメダルを獲っている。

 ダンス、水泳、陸上、バトミントンなど、何をやっても人並み以上のスポーツ少女だった堀口は、漠然と「何かのスポーツで日本代表になりたい」と筑波大学への進学を選んだ。その筑波大の体育の授業で、初めて体験したのがラートとの出会いだった。

「ラートに出会った時、これだ!と思いました。ラートに乗っている時の感覚が、手足のように一体化したみたいで、ラートが思い通りになることがとても面白かったんです。そして、そうなった時の動きの美しさ、一瞬の輝きに、アッという間に夢中になりました」

 ラートを始めた当初から才能を発揮した堀口は、2010年から2012年まで、全日本学生ラート競技選手権大会で史上初の総合3連覇を達成(この記録はいまだに破られていない)。以来、常にトップ選手として日本のラート界を牽引してきた。

 国内トップ選手として日本代表チーム入りした堀口は、2014年にドイツ・ベルリンで開催された世界チームカップにも出場。この大会で日本は、強豪ドイツを破って悲願の団体優勝を果たした。これまで団体戦でドイツ以外の国が優勝したのは日本だけだ。彼女はそのまま、個人のスキルと経験値を上げるためドイツに残り、ラート留学をした。

「ドイツ語に苦戦し、練習も日本にいる時ほど十分にはできませんでした。でも、ドイツ選手たちのラートと一体感のある演技に刺激を受け、世界一への道筋が見えました」

 そして帰国したあの日、冒頭のアクシデントが発生したのだった。

「あのあと、このケガがもっと自分を強くしてくれる、必ず元の競技力を超えることができるという変な自信があって、初めての大ケガも入院も手術もリハビリも、自分が乗り越えなければいけない試練に変えてやろうと思っていました。

 ラートを始めて2年で日本代表になってから、いつも目指すべき試合が目の前にありました。今感じるのは、ケガをしたことで、初めて立ち止まって色々考えたり、見直したりできたこと。それによって身体の使い方の基礎力が上がり、試練を乗り越えたことで自信もつきました」

 堀口は、アキレス腱断裂から約1年後の2015年全日本ラート競技選手権大会で総合2位、直転部門では見事に優勝し、日本代表に復帰した。

 そして、今年の6月19日からアメリカ・シンシナティで開催されたラート世界選手権。日本は団体戦で銀メダル(2位)。堀口自身も、個人総合5位入賞、斜転4位入賞、直転5位入賞で鮮烈にカムバックを果たした。個人総合と斜転の順位は、これまでで自己最高の成績だ。

「ドイツで一緒に練習したり、出会ったりした選手たちも私の復活を心から喜んでくれて、たくさんの言葉をかけてくれました。個人総合と斜転での入賞は、どの種目でも世界で通用するという手応えがあって、とてもうれしかったです。得意な直転と、団体に関しては金メダルを目指していただけに悔しい気持ちもありますが、直前に腰を故障したなかで、できることはすべてやったので後悔はありません」

 こだわりの衣装は、デザイナーやラート仲間たちと一緒にデザインから色、装飾まで考えていく。特に音楽付きの競技「直転」では、音楽と衣装のつながりが重要になってくるという。できあがった衣装に、自身でさらにラインストーンなどをデコレーションすることもある。「魅せる」ことに、とてもこだわっているのだ。

「競技の時は、いつも同じピアスをして、お気に入りの衣装を着るんです」

 次の大会は、来年の世界チームカップ(団体戦)、そして再来年の世界選手権。その大舞台で「理想の演技」ができて、一番輝く色のメダルをつけた笑顔を見ることができるだろうか。世界の頂点を目指す堀口文から、これからも目が離せない。

たかはしじゅんいち●文 text by Takahashi Junichi