【京都】都市伝説ではなかった!幻の「銅閣寺」の正体とは?

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銅閣寺、と呼ばれる寺院をご存知ですか?金閣寺、銀閣寺といえば京都の観光名所で有名ですが、実は「幻の銅閣寺」と呼ばれる寺院が存在することは、知らない人が多いのではないでしょうか。それもそのはずこの銅閣寺、一般には非公開のため、知る人ぞ知る存在なのです。今回はそんな「幻の銅閣寺」が建てられた経緯、そして見どころまでご紹介しちゃいます。都市伝説ではありませんよ!

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■ 銅閣寺とは?

金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)と同じように、銅閣寺の正式名称は「龍池山 大雲院」。天正15年京都に建立された寺院です。それではなぜ、「大雲院」が銅閣寺と呼ばれるに至ったのでしょうか。

◎ 創建〜寺町四条に移転

大雲院は天正15年、織田信長、信忠親子を弔うために正親町天皇の命で建てられ、織田信忠の戒名「大雲院殿三品羽林仙巌大居士」から「大雲院」と名付けられました。創建当初は御池御所(現在の烏丸二条)にありましたが、その後、豊臣秀吉によって寺町四条へと移転。そして昭和48年に再び移転し、現在の地へやってきました。その場所とは祇園・東山。なんと、帝国ホテルの創始者、大倉喜八郎の別荘の一部でした。

◎ 喜八郎の野望

一代で巨万の富を得た大倉喜八郎は、京都の別宅に「金閣、銀閣に続く銅閣を作る!」という野望を抱きます。そして名建築家、伊東忠太に設計を依頼。高さ36m、立派な銅板葺き屋根がある、正式名称「祇園閣」を自分の敷地内に造ってしまいました!これは昭和初期の出来事。大倉喜八郎はこの時、自分の別荘に「大雲院」が移転してくるなどと知る由もありません。

◎ 銅閣寺の誕生

奇しくも大倉喜八郎が銅閣寺を造った場所に移転してきた大雲院。こうして、銅閣を有した寺院、「銅閣寺」が誕生したのです。

◎ 銅閣寺(大雲院)基本情報

・住所:京都市東山区祇園町南側594-1
・アクセス:京阪 祇園四条駅より徒歩25分京阪 清水五条駅より徒歩20分

■ 特別公開を狙って!銅閣寺の見どころ

普段は非公開の銅閣寺ですが、季節ごとのイベントで公開されることがあります。「京の夏の旅」において公開されることが多いので、京都市観光協会のHPをこまめにチェックして、ぜひ足を運んでみてください。最後に、拝観した際にはぜひ体験してほしい大雲院内のスポットをご紹介します。

◎ 祇園閣楼上

"銅閣"こと祇園閣を登りきり楼上に到達すると、そこは360度京都市内が見渡せる絶景!撮影は禁止ですので、ぜひご自身の目に焼き付けてください!

◎ 石川五右衛門の墓

もともと織田信長、信忠親子を弔うための寺院。大雲院境内には墓地が広がり、もちろん彼らの墓もあります。そして、大泥棒で有名な石川五右衛門の墓もこの大雲院にあるのです。一緒に参拝し、おごそかな気分に浸ってみるのもいいかも知れませんね。

■ レア観光地

なかなか見ることができない希少価値の高い銅閣寺。京都の王道な観光スポットは飽きた、という方にはぴったりですね。ぜひ特別公開日をチェックして、足を運んでみてください!

(image by amanaimages)
(著:nanapiユーザー・nanaokouta 編集:nanapi編集部)