9月といえば、残暑が続く中、台風もやってきたりと荒れた天気に振り回される時期ですね。
さかのぼること、1977年9月3日、日本のプロ野球で王貞治が通算756本目のホームランを放ち、みごと世界記録を樹立しました。
この記録を記念して制定されたのが「ホームランの日」です。
日米をにぎわせた大記録ですが、9月の荒れた天候のように、「ホームラン」というものは人を狂気にも導いてしまう魅力をもったものといえます。
そんなホームランに翻弄された人々のエピソードを紹介します。

空に舞い上がるホームランは野球ファンの夢


全米を震撼させたドーピングスキャンダル

世界最高峰ともいえるメジャーリーグで歴代最多のホームラン数を記録したのが、バリー・ボンズです。
2007年8月7日、それまでのハンク・アーロンの755本を抜き、さらに通算では762本まで記録を伸ばしました。
ハンク・アーロンよりも1年以上短い期間で達成したことからも、驚異的な記録でした。
しかし、偉大な記録であるにもかかわらず、素直に祝福とはいかなかった大きな要因のひとつが「ドーピング疑惑」。
「バルコスキャンダル」と呼ばれ、全米のみならず、世界中にニュースが駆け巡ったスポーツ界屈指のスキャンダルです。
2003年夏、栄養補助食品会社「バルコ(BARCO)」が検査で検出されない運動能力向上薬物をアスリートに提供していたという事件。
陸上、ボクシング、野球などアメリカで人気のスポーツの超トップクラスの選手が複数名かかわっていたという大きなドーピング事件に発展しました。
偉大な記録を打ち立てたはずのバリー・ボンズも専属トレーナーから、薬物を受け取り使用していたという疑惑が持ち上がりました。
メジャー通算最多記録達成の際の式典でも、前記録保持者のハンク・アーロンが「薬物疑惑のある選手の式典には出ない」というほどの拒否反応を示しました。
年俸が高騰し、複数年契約も多いメジャーリーグ。
コンスタントに成績を残すために、薬物に手を染めてしまったトップアスリートの不正はスポーツ界に衝撃を与えるものでした。


歴史的ホームランボールにファンも狂喜

薬物疑惑に染まったバリー・ボンズですが、ホームランの行方に注目しているのは選手だけではありませんでした。
歴史的ホームランボールを何とか自分のものにしようと必死なファンがいたのです。
1998年、マーク・マグワイヤが記録したシーズン70号目のホームランボールにはなんと「270万ドル(約3億円)」の値がつきました。
そのときの記憶がよぎったのか、2001年10月7日、シーズン最多記録を更新しようというバリー・ボンズの打席を見つめる外野方面の観客はまるで戦いの前のよう……。
ひとりの男性がみごとボンズのホームランボールを手にしたものの、その後驚くべき展開が待っていたのです。
なんと、「ホームランボールを最初にキャッチしたのは私だ!」と名乗る男性が現れ、訴訟問題にまで発展してしまうのです。
ひとつの白球が何億円にも変わると思えば、人の行動もとんでもないものになってしまうといったこの騒動。
ドキュメンタリー映画としても公開されたこの話、結末が気になる方はぜひ映像でご覧ください。

ボンズが所属していたサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地

ボンズが所属していたサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地


世界記録は王かアーロンか?

ホームラン記念日の発端ともなった王貞治の世界記録樹立ですが、もちろんこれは日本のプロ野球で達成された数字。
先日のイチロー選手の安打記録でも同様に「日本での記録は認めない」とするアメリカの声もありますが、このときも同じような論争が巻き起こっていました。
「日本の球場は狭い」「日本のプロ野球のレベルはメジャーよりも低い」といった声がアメリカメディアの中で持ち上がったのです。
しかし、それに異を唱えたのが記録を抜かれた張本人であるハンク・アーロンでした。
王の記録に敬意を表し、王の打撃スタイルをイメージさせた「フラミンゴ」のはく製を記念として贈ったのです。
自らがさまざまな壁を乗り越えて達成した記録だからこそ、その偉大さがよくわかるのでしょう。
──空に舞い上がるその姿から「花火」とも呼ばれるホームラン。
できることなら、「美しい」花火のようにクリーンな話題で熱狂が巻き起こるとよいですね。

ホームラン王、王貞治といえば「フラミンゴ打法」

ホームラン王、王貞治といえば「フラミンゴ打法」