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インタビューに答える枝野幸男・民進党幹事長(8月31日、Jタウンネット編集部撮影)

――本作は、かなり3.11を意識しているように思います。重ねて観る人も多かったようですが、枝野先生はいかがですか。

枝野 あまりそういうところは感じませんでしたけどね。ただ、観終った後に思ったことですが――ゴジラを最初に攻撃するときに、逃げ遅れた人がいたところで、(現場の自衛隊員から首相まで、攻撃の可否を問うために)すごい伝言ゲームをやっていたじゃないですか。自衛隊という一番スムースに情報が上に上がる組織でああだとすれば、普通の役所の「伝言ゲーム」では、情報もなかなか官邸まで届かなかったのだろうな、と。

非常事態のときの記者会見に必要なこと

――映画では、ゴジラという非常事態に対するリーダーたちがフォーカスされていました。3.11を体験した枝野先生の目から見て、非常事態におけるリーダーに求められることは何ですか? 特に、首相の場合です。

枝野 (しばし考えて)ポジションによって、どういう危機かによっても違ってくると思うんです。その人のキャラによって、いろんなリーダーシップの取り方がある、というのは3.11を踏まえての私の思いなので。「こういう人がいい」ということはなくて、その持ち味ごとにいろいろなパターンがあるのだろうな、と考えています。ただ、何より大事なのは、「腹が据わっている」ことですよ。

――では、枝野さんも体験した官房長官というポジションではいかがでしょう。

枝野 これも、(首相との)組み合わせの問題です。たとえば私の場合は、菅(直人)さんが菅さんだったので、まあとにかく「大きな声は出さないようにしよう」と(笑)。あとはたとえば、記者会見はできるだけこっちで引き受けようと決めました。ああいうときの会見では、噛んじゃダメなんですよ。状況を説明するときに、噛んだり、慌てて早口になったりしたら、見ている人が不安になる。落ち着いて、淡々と、粛々と話す。それだけで相手も安心してくれる。もし、あのとき岡田(克也)さんが総理なら、会見は岡田さんにやってもらったでしょう。冗談みたいなことを言うのは苦手だけど、きちっと正確に、落ち着いて冷静に話すということなら、私以上に得意な人だから。

「決断」のために政治家はいる

――それぞれが、それぞれの持ち味を生かして動くしかない、ということですね。ところで映画では、官僚たちがどれだけ動いても、最終的な決断は政治家がしなくてはいけない、という描写が繰り返しありました。変な聞き方ですが、現実にもそうなのでしょうか。

枝野 それはそうだと思います。さきほどの射撃中止のシーンの話ではありませんが、国民の命にかかわるような話で、官僚に判断の責任を負わせる、というのは政治として無責任だと思います。危機管理というのはまさにそういう局面なわけで、そのために、政治家がいるようなものなんですから。マニュアル通りで対応できることは危機ではないんですよ。想定していないことが起こったときが「危機」なんです。危機管理というのは、「想定外のことが起こったときにどうするか」。すべてに備えることは不可能です。だからこそ、「想定外のことは起こるのだ」という気構えが必要です。

――ゴジラが出現するようなことがあっても大丈夫なように......。

枝野 ゴジラはさすがに来ないでしょうが......そうしたときでも「慌てない」ことです。あとはあえて言えば、いかに柔軟に動けるか。たとえば、3.11当時、原子力安全・保安院(現在の原子力規制委員会)の院長(寺坂信昭氏)は文系だったので、技術のことが全然わからない。こちらもフラストレーションが貯まりましたが、2、3日経ったころか、その部下にものすごく技術の知識があり、説明する能力も高い、という人がいることがわかったんです。後は、その人から直接話を聞くようにしました。このように、危機の時には各役所が、平時の肩書きや序列にとらわれず、一番わかってる人間、一番できる人間を前面に出せるようにする。それしかないんじゃないでしょうか。

「はぐれ者」でなくても、できる官僚はちゃんといる

――ゴジラの最初の上陸時、尾頭ヒロミが課長補佐にもかかわらず抜擢された場面を思い出しますね。

枝野 でも、映画では「はぐれ者チーム」でしたが、そうでなくてもできる人が各役所にはいるんですよ、ちゃんと。ただ、専門家だけで回しても弊害があるから、それはその都度その都度、臨機応変で。そして臨機応変にやれ、と指示を出す以上、政治家がそこは責任を取らなくてはいけない。

――最後に。映画では、日本の復興へと期待を持たせる形で終わりとなります。

枝野 ええ。

――現実の日本の、3.11からの「復興」の現状をどうご覧になりますか。

枝野 ハードはそれなりに進んでいると思います。ただその分だけ、ソフト――という言い方がいいのかわかりませんが、生活や営み、みたいなものが追い付いていない。むしろ壊れてしまっている。家や道路だけあっても、人間は生活していくことができない。仕事がいる。コミュニティーがいる。そうしたものが置き去りになってしまっている側面が強いんじゃないか。そうした部分は目に見えないだけに、深刻だと思いますね。

以上、枝野幸男さんのインタビューでした。

ちなみに、「シン・ゴジラ」以外の映画についてお聞きしたところ、AKB48にハマるきっかけになった「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(前田敦子さん主演)と、子どもと一緒に見に行ったという「ファインディング・ドリー」の名前が挙がっていました。

枝野さん、ありがとうございました。