甲と乙。契約書などでよく見られる言葉だ。甲は会社など雇用者側、乙は被雇用者側となるのが普通。甲は権力の象徴、乙は権力に屈する側の象徴と見なせるだろう。写真は韓国・ソウル。

写真拡大

甲と乙。契約書などでよく見られる言葉だ。甲は会社など雇用者側、乙は被雇用者側となるのが普通。甲は権力の象徴、乙は権力に屈する側の象徴と見なせるだろう。

韓国では13年ごろから、この「甲と乙」という言葉が流行語となっている。何にでも「甲と乙」が出てくる。「甲乙つけがたい」というような甲乙ではなく、権力側の「甲」と被支配側の「乙」といった図式で表される甲乙だ。

実際には「甲と乙」そのものではなく、「甲質(カプチル)」という単語で出てくる。「甲質」とは、甲のごり押し、甲の横暴、甲の権力濫用、ほどの意味となる。乙に対する甲のあくどい性質、やり口、傲慢(ごうまん)さ、強引さという意味も含まれよう。上位にあるその地位を利用して、下請けや弱き者たちに無理難題を押し付けたり金を支払わなかったりする行為だ。

事の発端は、確か「南陽(ナムヤン)乳業」という牛乳会社が、下請けの代理店に無理難題を押し付けながら平然としていた事件だったと思う。13年初頭にあった事件で、下請け会社の社長が本社の暴挙に追い詰められ、結局命を絶ってしまった事件だった。牛乳を100本注文すると200本は黙っていても配達されてきたり、ヨーグルト100本注文するとやはり300本とかを無理やり押し付けられ、それを断り切れない。

甲は南陽乳業、乙は下請けの代理店。この甲乙関係が世間一般の大きな関心事となり、結局同年7月の国会で、このような「甲のごり押し」を放置するのを取り締まる法案が提起・可決され、14年1月に施行された。一般に大規模流通業法と呼ばれている。この南陽乳業事件があった後、テレビもラジオも新聞も皆「甲の横行」、「甲のごり押し」、「甲の暴挙」などという言葉を使うようになった。

14年12月に起こった大韓航空の「ナッツリターン事件」もいまだ記憶に新しい。大韓航空の趙顕娥(チョ・ヒョナ)副社長に本機に乗務していた客室乗務員がマカダミアナッツを袋に入れたまま提供したところ、趙がこれに対して「機内サービスがなっていない」と激怒し、チーフパーサーに「今すぐ飛行機から降りろ」と命令した事件。この場合甲はオーナーの娘・趙副社長、乙はチーフパーサーのパク・チャンジン氏である。大きな事件に発展した後、趙顕娥はすべての役職から退くことになり、さらに謝罪することになった。この騒動で韓国内ではマカダミアナッツの売れ行きが急増するというオマケがついた。この2つの事件に限らず、至る所で甲質事件が発生している。

庶民レベルでは次のような使い方になろうか。世間話をするとき、例えば「昨日は俺が全部おごってやったよ。4人集まってさ、俺が古参で甲じゃんか。甲としてちょっとカッコつけといたよ」とか、「今日は私が甲よ。全員、今日は私の言うことを聞くのよ」と使ったり。

甲乙という契約書や法律書などにしか見られないガチガチのお堅い単語が世間話にまで応用され使われる現象が(多少は下火になった感もあるが)、韓国のホットな話題となっている。

ちなみにこの「甲質」、日本語にするとどうなるのか考えてみた。パワーハラスメントくらいが一番ふさわしいものかもしれない。ただし、これは会社と会社、あるいは会社内での力関係で使われる場合だと思う。一般庶民の会話で、「今日は私が甲よ」といった使い方は、日本では今のところ存在しないものと思われる。

■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。