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ドナルド・トランプは大統領になる気なんてない、壮大なトランプ・ショーを演じているだけ、という見方が広がっている。

1年前に共和党候補選への出馬を表明した頃は、トランプが予備選を勝ち抜くなんて誰も想像していなかった。演説したらリベラル系メディアから「支離滅裂」「ひどい暴言」「実現不可能な公約」とこき下ろされる有様だった。ところが、そんな突き抜けたアピールが白人・労働者層の心をつかみ、今や共和党候補である。しかも、相手のヒラリー・クリントンも人気の低さでは歴代最低を争うレベルである。勝ち目のない選挙ではない。当然、大統領の座を本気で狙っているはずだ。

しかし、2008年の大統領選で50州中49州の結果を的中させたデータ分析のスペシャリスト、ネイト・シルバーが「トランプは敗北するための戦略にダブルダウン(Trump Is Doubling Down On A Losing Strategy)」と分析している。選挙の度に共和党・民主党の間で勝利政党が変動する州、いわゆるスイングステートにおけるトランプの支持率は37%、これをいかに伸ばすかがクリントンとの差を縮めるポイントになる。だから、本選挙では過激発言を抑えて現実路線・中道路線にシフトすると思われていた。ところが、トランプは陣営の最高責任者に過激な選挙職人として知られるスティーブン・バノンを起用した。よりトランプらしい戦略を選んだのだ。トランプのこれまでの言動を思うとサプライズではない。だが、「世論調査を信頼するなら、これは根本的な戦略ミスである。大学を出ていない白人男性だけが例外として目立つだけで、ほとんどの有権者グループでミット・ロムニーを下回るような数値である」とシルバーは指摘している。つまり、ここ数週間のトランプ陣営が打ち続けている手は、大統領選に勝つための現実的な動きになっていない。

では、なぜトランプは敗北する可能性が跳ね上がる戦略に資金を投入しているのだろうか? 「ボウリング・フォー・コロンバイン」や「華氏911」で知られるドキュメンタリー監督/プロデューザーのマイケル・ムーアが「トランプはわざと大統領キャンペーンを台無しにしている? (Is Trump Purposely Sabotaging His Campaign?)」というコラムを公開した。データに基づいたシルバーに対して、ムーアの考察は独自の情報源と体験に基づいている。

コラムは「ドナルド・トランプが米国大統領になろうとしたことなど一度もない」から始まる。トランプが仕切る「The Apprentice」というリアリティショーが落ち目になって、新たな露出を求めて大統領レースに立候補した。TVや新聞のトップを飾り、そしてトランプ・ブランドをアピールするのが出馬の目的であり、政治家になろうなんて気はさらさらない。「過去3週間のメルトダウンはアクシデントなんかではないだろう。勝者としてゴールする気なんてなかったレースから上手く抜け出すための新戦略の一部ではないか」と述べている。つまり、より多くの人に受け入れられる現実路線のトランプを見せるより、トランプらしいトランプを見せた方が大統領にならずに済み、しかも選挙に敗れてトランプ・ブランドのイメージはむしろアップする。

これが事実なら、目立つために立候補し、目立つアピールに徹したトランプ候補が大統領の座に肉薄してしまっているのだからシュールな話である。同時に、過激な発言やパフォーマンスでバズらせるマーケティングやブランディングの影響力について改めて考えさせられる。

ここ最近のトランプ候補を見ていてイメージがかぶるのが、T-Mobile USAのジョン・レジャーCEOである。ソフトバンク傘下のSprintが買収できなかったT-Mobile USA。そのSprintをあっさり抜き去って、T-Mobileを米キャリア3位に押し上げた立役者がレジャーCEOである。

2012年9月にレジャーCEOが就任するまで、T-Mobileは「つながらない」「遅い」「サービスが悪い」と悪評ばかり。加入者がまったく伸びない八方ふさがり状態だった。そんなT-MobileでレジャーCEOが「Un-carrier」戦略を打ち出した。通信キャリアによる囲い込みからモバイルユーザーを解放するとアピールするが、インフラが安定していないT-Mobileが主張するUn-carrierは、政治力に疑問符が付くトランプが語る政策のようなものである。現実味が薄い。

しかし、コントラクトフリーのシンプルチョイスプランに始まり、100カ国以上の無料国際ローミング、PandoraやSpotifyなど音楽ストリーミングサービスをモバイルデータ通信で聞き放題にするなど、ユーザーを喜ばせる新サービスを次々に投入。その一つ一つは変革というより、AT&TとVerizonに一般ユーザーが抱く不満を突いたものだったが、一定数のユーザーの心に響き、加入者が急伸し始めた。

しかし、T-Mobileが本気でアン-キャリアを実現し、AT&TとVerizonのトップ2に食い込もうとしているとは思えないのだ。泡沫キャリア扱いされ、安く買収されてしまいそうになっていたT-Mobileが、そんな状況を打破するために、突き抜けたマーケティングに打って出たのがUn-carrierである。それが予想を上回る成果を上げた。だが、そろそろUn-carrierも弾切れ気味になってきており、壮大なマーケティングが重荷になりかねない状態である。2016年第1四半期の加入者数は、Verizonが1億4100万人、AT&Tが1億3000万人、T-Mobileが6500万人、Sprintが5800万人である。T-MobileとSprintの順位が入れ替わったものの、2強・2弱の競争に乏しい状態は変わらない。

最近ソフトバンクがSprintへの関心を失いつつあるという報道を目にするようになったが、T-MobileがUn-carrierの落としどころを探り始めたらチャンスである。規制当局を説得するという難題が残されているものの、今のT-Mobileのブランディング力/マーケティング力を含めて3強が形成されたら、米国の携帯電話市場の競争の激化が、IoTやスマートホームデバイス、ウエアラブルに広がるモバイルの進化を加速させると期待できる。

(Yoichi Yamashita)