アジア最終予選に初めて臨むだけに、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督も、いささか神経質になっているようだ。

 8月25日のメンバー発表会見で選外にしたFW金崎夢生の復帰の可能性について、「まずはUAE戦の準備に集中しているので、その後にゆっくり考えたい」と答えた指揮官は、西野朗技術委員長との会談でも、U−23代表を率いた手倉森誠監督のA代表コーチ就任に関して、「UAE戦、タイ戦が終わったら(手倉森監督と)話し合いたい」と伝え、目前の決戦以外のことを頭のなかから排除している。

 8月28日の合宿初日には、ピッチの上で選手たちに、「最終予選は厳しい戦いになる。絶対に失敗は許されない」と、熱っぽく訴えかけてもいる。

 日本が組み込まれた「アジア最終予選グループB」の顔ぶれは、オーストラリア、サウジアラビア、UAE、イラク、タイの5ヶ国。韓国との対戦こそ避けられたものの、2015年1月のアジアカップでベスト4に進出した国が3チーム(オーストラリア、UAE、イラク)もいる。しかも、初戦で対戦するのは、アジアカップ準々決勝で苦杯をなめさせられたUAEなのだ。指揮官が慎重を期しているのも当然だろう。

 そのアジアカップでは、立ち上がりからディフェンスラインの裏を狙われ、開始7分、7番のFWアリ・マブフートに抜け出され、強烈なシュートを叩き込まれている(このゴールが日本にとって大会4試合目にして初失点だった)。その後、UAEのシュート3本に対し、日本は35本ものシュートを浴びせたが、MF柴崎岳の同点ゴールのみにとどまって、PK戦の末に涙をのんだ。

 このアリ・マブフートと、カーリーヘアの10番MFオマル・アブドゥルラフマンが、今回の対戦でももっとも警戒すべき選手ということに変わりはないが、中東勢はアウェー(日本のホーム)では恐ろしいほど割り切って戦ってくる。潔(いさぎよ)いというべきか、臆病というべきか......いずれにせよ、UAEはアジアカップのときと似たような戦い方――徹底的に守りを固め、カウンターを狙ってくるはずだ。

 引いた相手をどう崩すのか――。これは何も今に始まった問題ではなく、日本がアジアで上位に立つようになったドイツ・ワールドカップの予選のころから抱えている問題だ。昨年6月、ロシア・ワールドカップ・アジア2次予選初戦でも、引いて守ってきたシンガポールにまんまと0−0のドローに持ち込まれた。

「アジアの戦いで苦戦することが多い。そこに自信を持てていないといったらアレですけど、苦い思いをしてきているわけで、そういうのを払拭していかなければいけない」

 FW岡崎慎司はそう言って警戒を強めた。これが3度目のワールドカップ予選になる彼でさえ、そうなのだ。いや、2度のワールドカップ予選と2度のアジアカップを経験しているからこそ、アジアの戦いの難しさ、厄介さを岡崎は熟知している。

 中東勢攻略として理想的なのは、引かれる前に攻め切ってしまう――ハリルホジッチ体制になって磨いている「奪ったら手数をかけずに縦を突く攻撃」だろう。とはいえ、日本のホームゲームにおける中東勢の割り切り方は半端ではない。「引かれる前に」も何も、始めから引いてしまっていることさえある。

 その場合、どうするか――。

 ひとつは、閉じこもった相手が前に出て来ざるを得なくなる状況を作ることだろう。ペナルティエリアのなかへ侵入させてもらえないなら、その外側からMF香川真司やMF長谷部誠、MF柏木陽介らがミドルシュートを狙う。それでゴールが奪えなくても、相手の警戒心を呼び、打たせまいとして、引いた相手が前に出てくることになる。

 続いて、相手のディフェンスラインを開かせて、スペースを作る。両サイドハーフや両サイドバックがワイドに張って相手のサイドバックをおびき寄せ、それで生まれた中央のスペースを使ってコンビネーションで崩すのだ。

 かつて日本代表の指揮を執ったアルベルト・ザッケローニは、これを引いた相手の攻略法としてチームに植えつけていた。左サイドハーフの香川に、「まずは開け」と指示していたのも、サイド攻略という狙いとは別に、ディフェンスラインに穴を開けるためでもあった。

 それでもダメなら、最後の頼みの綱として、セットプレーでこじ開ける。「我々は(FKによるゴールが)0.3%しかない」と、ハリルホジッチ監督が嘆(なげ)いたように、ハリルジャパンがセットプレーから奪ったのは2015年6月のイラクとの親善試合で、香川真司のコーナーキックからDF槙野智章が押し込んだゴールしかない。

 その点で今回のUAE戦で頼もしいのは、およそ1年ぶりに代表に復帰したDF太田宏介の存在だ。左サイドバックとして先発濃厚なプレースキックのスペシャリストがCKやFKのキッカーを務めれば、DF吉田麻也やDF森重真人の得点機会は増えるだろう。

「セットプレーで点が獲れればデカい。向こう(オランダ)でも練習してきたし、チャンスがあれば蹴りたい」と、太田自身は意欲を見せる。もちろん、柏木やMF清武弘嗣も控えているし、UAE戦まで時間はないが、効率よく勝つための手段=セットプレーに磨きをかけたい。

 一方、注意すべきは、マブフート、アブドゥルラフマンによるカウンターは当然として、0−0のまま進んだ場合のゲームコントロールだ。

「ホームの大歓声が、デメリットになる場合がある」

 日本でもっとも多くの予選を経験しているMF遠藤保仁は、かつてそう語った。

「ホームで大声援を受けた途端、攻め急いで自滅しかけたゲームを、これまでに何度も経験している」

 その代表的なゲームが、2−1で辛勝したドイツ・ワールドカップ・アジア最終予選の北朝鮮戦や、1−1のドローに終わった南アフリカ・ワールドカップ・アジア最終予選のウズベキスタン戦だ。膠着(こうちゃく)状態に陥って焦りが生じたり、サポーターの声援が増したりしたときこそ、長谷部や柏木らボランチ陣がしっかりとゲームをコントロールし、落ち着かせることを期待したい。

「勢いは大事なんでね、いい雰囲気で初戦を乗り切りたいですね」

 前回、ブラジル・ワールドカップ・アジア最終予選の初戦(オマーン戦)で先制ゴールを決め、チームをプレッシャーから解放したFW本田圭佑は、その再現を思い描いているようだった。

 ハリルジャパンはアジア予選で突きつけられる課題を克服し、最高のスタートを切れるだろうか。

飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi