■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ

 3月のジュネーブモーターショーで発表されたマクラーレン『570GT』が日本でも公開された。『570GT』とは、すでに発売されている『570Sクーペ』のバリエーションだ。『570Sクーペ』と『540Cクーペ』が属するスポーツシリーズの第3弾。エンジンなどを始めとする主要コンポーネンツは共用されるものの、開閉する大型のガラスハッチを備えることによって220L分のラゲッジスペースを生み出している点が大きく異なっている。

 つまり、この部分が固定されている『570Sクーペ』がピュアなスポーツカーであるのに対して、増えたラゲッジスペースとそこへのアクセスが可能となったガラスハッチによって、文字通りの長距離旅行を可能とするGT(Grand Touring)カーとなったのである。発表のために来日したマクラーレン・カーズのデザイン・オペレーションズ・マネージャーのマーク・ロバーツ氏は『570GT』を次のように説明した。

マクラーレンのデザイン部門責任者に聞く『570GT』へのこだわり

「『570GT』は、日常の使いやすさや長距離移動の際の快適性にフォーカスを当てたデザインとなっています。スポーツシリーズのパフォーマンスは損なわれることなく、実用性と快適性が高められたモデルです」

 前から見ると『570S』と『570GT』は見分けが付かないが、後ろからは一目瞭然だ。

マクラーレンのデザイン部門責任者に聞く『570GT』へのこだわり

「このように、大型のガラスルーフがガラスハッチまで伸びています。これによって、車内は明るく、開放的な雰囲気を作り出します」

 日本ではガラスルーフの人気はいまひとつなところがあるけれども、暗く寒い冬が続くヨーロッパでは人気だ。実際、ガラスルーフでは雨天や曇天の時でも車内を明るく保つことができるし、滴り落ちる雨の雫の音なども通常のスチール製のルーフと異なっていて、とても趣きがある。

「そうです。ヨーロッパでは、ガラスルーフの人気が高いので、我々も当初からスポーツシリーズには設定するつもりで開発を続けてきました」

 その甲斐あって、『570GT』はスポーツシリーズだけではなく、より上級の『670S』の「アルティメット」シリーズをも含めても最もラグジュアリーでリラックスした雰囲気を造り出すことに成功していると僕は思った。とかく最高速や0〜100km/h加速タイムなどのパフォーマンスばかりがアピールされるスーパースポーツにあって新たな展開となるだろう。サスペンションやパワーステアリングシステムなども長距離走行での快適性を重視してセッティングされている。

 ロバーツ氏から『570GT』について一通りの説明を受けた後、隣に展示されていた1992年製のマクラーレンF1の傍に移動した。彼は、この伝説的なスーパースポーツのプロジェクトに携わっていたのだ。

マクラーレンのデザイン部門責任者に聞く『570GT』へのこだわり

「F1を開発していた頃は、毎日がエキサイティングでした。マクラーレンが市販スポーツカーを開発することになったので、すべての妥協を排除して完璧な仕事を目標に掲げました」

 ロバーツ氏は眼をキラキラさせて、F1のディテールを説明してくれる。展示のためにドアがロックされていて、説明したい部分に近寄れないことをもどかしんでいた。

マクラーレンのデザイン部門責任者に聞く『570GT』へのこだわり

「パーキングブレーキレバーが見えますか? 普通のクルマのレバーとは全く違った形状をしていますが、あの形状が最も握りやすく、それでいて美しいのです」

 パーキングブレーキのレバーなどにこだわらなくてもいいじゃないかと思ってしまうが、そうではないのだという。

マクラーレンのデザイン部門責任者に聞く『570GT』へのこだわり

「妥協をしたくなかったのです。もちろん今までのレバーの形状で事は足ります。でも、美しくはありません。そこでアルミを削り出して、あのような形状にしたのです」

 確かに、F1のパーキングブレーキレバーは通常の棒のようなレバーではなく、何にも似ていない。角度によっては現代美術の彫刻作品のようにも見える。

「メーターも、このクルマのためだけに造りました」

 ロバーツ氏はマクラーレンのデザインスタジオの責任者で、仕事の範囲は個々のクルマのデザインから予算やスケジュール、将来のニューモデルやスペシャルモデルの製作などにも及ぶ広いものだ。欧米の自動車メーカーでは、メーカー間での異動が激しいが、彼は1990年にロータスから移ってきて以来25年もマクラーレンでキャリアを積み重ねてきている。

 管理職となって現場を離れてしまうのではなく、メーカーの礎を築いたモデルに携わった人物が今でも第一線のデザインワークに関係しているところが、歴史の若いマクラーレンが他の自動車メーカー各社と互角以上に渡り合えている理由の一つに数えられると言えるのではないだろうか。

マクラーレンのデザイン部門責任者に聞く『570GT』へのこだわり

■関連情報
http://www.tokyo.mclaren.com/cars/mclaren-570gt

文/金子浩久

モータリングライター。1961年東京生まれ。新車試乗にモーターショー、クルマ紀行にと地球狭しと駆け巡っている。取材モットーは“説明よりも解釈を”。最新刊に『ユーラシア横断1万5000キロ』。

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