リオデジャネイロ五輪が終わると同時に、多くの人びとは4年後の東京五輪に期待に胸を膨らませたことだろう。しかし中国メディアの捜狐はこのほど、1964年に開催された東京五輪は一種の「ドーピング剤」のように日本の発展に強力な作用を及ぼしたが、2020年の日本社会では「もはや1964年の熱狂は再現されない」と主張した。(イメージ写真提供:123RF)

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 リオデジャネイロ五輪が終わると同時に、多くの人びとは4年後の東京五輪に期待に胸を膨らませたことだろう。しかし中国メディアの捜狐はこのほど、1964年に開催された東京五輪は一種の「ドーピング剤」のように日本の発展に強力な作用を及ぼしたが、2020年の日本社会では「もはや1964年の熱狂は再現されない」と主張した。

 記事は1964年の東京五輪が日本社会に与えた影響の大きさについて紹介。記事によれば、例えば五輪景気などの影響もあって物質面の変化を経験した日本人は「五輪以降、古いモノはすべて消えた」、「毎年新しいモノが増えていった」との実感を抱いたと紹介した。

 さらに精神面においても強力な影響を日本社会にもたらしたとし、五輪開催は第2次世界対戦によって「孤立していた日本が世界に戻った」ことを象徴する意義があり、これにより日本国民は「五輪のために払ったすべての努力には価値があったと確信した」と主張。しかし1998年の長野冬季五輪は「多くの日本人は無関心だった」うえに、2020年の東京五輪の支持率も「なんとか70%を超える程度」だと説明し、20年の五輪には「もはや1964年の熱狂は再現されない」との見方を示した。

 「もはや1964年の熱狂は再現されないだろう」という記事の指摘は、五輪に対する現在の日本人の認識に問題があるということではなく、1964年当時の日本社会の独特の背景を強調するものだ。当時の日本社会にとって、日本で五輪を開催するということには現在では想像すらできないほどの大きな価値があったのは事実だろう。

 1964年当時の日本は東京五輪によって多くを「得た」が、現在の日本は当時と違って世界を牽引できる立場にある。2020年の東京五輪では、日本は世界の環境問題や発展に「貢献」できることを示し、日本の知恵や経験を世界と「共有」できるはずで、それこそが東京五輪開催の意義ではないだろうか。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)