■第64回:世界相撲選手権

世界相撲選手権がモンゴルで開催された。
同大会の運営にも携わってきた横綱が、
白熱した大会とその舞台裏について語る――。

 名古屋場所(7月場所)が終わったあと、私の故郷、モンゴルのウランバートル市内で世界相撲選手権が行なわれました。私も現地に訪れて観戦。参加22カ国の代表選手が集結し、男女とも素晴らしい戦いを繰り広げてくれました。

 世界選手権後には、大相撲夏巡業が始まりました。ここ数年の相撲人気を物語るように、最近は開催地も、期間も増加。今回は岐阜市を皮切りに、北陸、東北、北海道、そして最後は関東と、計21カ所を巡って、その期間はおよそ1カ月に及びました。どの会場も盛況で、この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

 その巡業の最中には、リオ五輪が開催されていました。大会中は日本人選手の活躍に、寝不足になられた方も多かったのではないでしょうか。私も毎日テレビの前にかじりついて、五輪中継に夢中になっていました。いまだ、その興奮が冷めていない感じがします。

 柔道、水泳、体操、卓球、バドミントン......と、連日のメダルラッシュで、日本選手団の活躍は本当にすごかったですね。世界の強豪を相手に、銀メダルを獲得した陸上男子4×100mリレーにも感動しました。

 そんな中でも、かつて私の父がモンゴル代表として出場したレスリングは、今回も特別な思いで見ていました。とりわけ、五輪4連覇を目指していた友人の吉田沙保里選手には注目していました。残念ながら4連覇は達成できませんでしたが、「本当にお疲れさまでした」と伝えたいです。

 さて、冒頭に触れた世界相撲選手権。モンゴルでの開催は、私にとって長年の夢でもありました。

 1990年代から日本で開催されてきた同大会は、1999年から世界各地で開催されるようになりました。その代表選手を経て、力士になった人も多く、私はそうした"アマチュア相撲の雄"たちを、ぜひともモンゴルに招きたいと思っていました。そしてそれが今回、ようやく実現することになったのです。

 私は、日本で小・中学生を対象とした少年相撲大会『白鵬杯』を開催してきました。この大会にも、回を重ねるごとに日本以外の国から多くの選手が参加してくれるようになりました。本業の大相撲はもちろんのこと、こうした大会を通じて「SUMO」での国際交流を図ることも、私の使命ではないかと思い始めていました。それから、世界相撲選手権のモンゴル開催のことも真剣に考えるようになり、今回、ついに世界規模の大会をサポートさせていただくことになりました。

 大会は、2日間で6つの大会を開催。初日の7月30日に、第21回世界相撲選手権(男子)と、第12回世界女子相撲選手権を、2日目の7月31日に、第14回世界ジュニア相撲選手権(男子)をはじめ、第6回世界ジュニア女子相撲選手権、第12回アジア相撲選手権(男子)、第7回アジア女子相撲選手権と、4つの大会を実施しました。ハードスケジュールでしたが、各国の選手、スタッフたちがよくがんばってくれました。

 今大会で強さを見せたのは、男子はロシア、女子はウクライナでした。

 男子のロシアチームは、団体戦でモンゴルを下して優勝した他、個人戦でも軽量級と重量級の2階級を制覇。主力選手は、31〜32歳と私と同世代だったのですが、力の強さに加えて、相撲の勝ち方を知っているように見えました。素晴らしかったです。

 団体戦準優勝のモンゴルチームは、現在日大の4年生で、今大会の無差別級を制したトゥルボルト選手に、以前大相撲の力士だったビャンバジャブ選手など、実力派ぞろいでした。その分、期待は大きかったのですが、強豪ロシアには一歩及ばず、地元優勝を果たすことはできませんでした。

 また、これまであまり見る機会のなかった女子の戦いも見事なものでした。アマチュア相撲の世界では、女子も体重別になっているのですが、軽量級(65kg未満)や中量級(65kg以上、80kg未満)では、レスリング的な技が決まることが多くて、展開が二転、三転することがあります。非常にスリリングで、目が離せない相撲が多く、個人的にはとても面白かったです。

 肝心の日本チームは、団体戦は男女ともに3位。それでも、個人戦では中量級の三輪隼斗選手(日体大4年)が優勝を飾りました。

 ところで、大会とは別に、私にはある思いがありました。それは、各国の選手たちにモンゴルという国を知ってもらいたい、ということです。

 そこで、大会前日のウエルカムパーティーでは、ウランバートル市内を一望できる草原リゾートに、選手、スタッフのみなさんを招待。モンゴルの自然や文化を堪能してもらいました。

 アフリカやヨーロッパ、日本、タイ、台湾などのアジア勢も、モンゴルのゲル(遊牧民の移動式住居)を見るのが「初めて」という選手が多く、彼らは現地スタッフにいろいろと質問して、興味深く見入っていましたね。選手たちは他にも、国の鳥である鷲を腕に乗せたり、ラクダに乗ったりして、その時間を存分に楽しんでくれていたようでした。

 パーティーは夜の9時過ぎまで続いていましたが、特に日本の選手たちは腕時計を見ながら、不思議そうな顔をしていましたね。というのも、日本よりも緯度が高いモンゴルは、夜10時くらいまで明るいからです。

 実際にこの時期は、子どもたちも夜遅くまで外で遊んでいて、川辺でバーベキューしたりしています。日本は、夏でも夜7時を過ぎれば暗くなりますからね。日本の選手たちが驚くのも無理はありません。

 この時期のモンゴルは、1年の中でも本当にいい季節です。草原には青く草が茂り、澄んだ青空が広がっています。夜になれば、満天の星空が仰げます。モンゴルの人々も、この短くも、美しい夏を、存分に楽しみます。そのいい季節を少しでも味わって、参加した選手、関係者も喜んでくれたのではないでしょうか。

 何はともあれ、このパーティーや、大会全体を通して、各国の選手が親交を深めることができたのはよかったです。そして、この世界の舞台を経験したことによって、多くの選手たちが、これまで以上に「SUMO」を愛してくれるようになったらうれしいです。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki