左の写真は香港で刊行された「趙紫陽文集」。右側の写真は天安門事件直前に学生に呼びかける趙紫陽氏、趙氏の右横に後の総理・温家宝氏も写っている(希望の声)

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 7月20日、「趙紫陽文集(1980-1989)」が香港の書店で発売開始されたと「希望の声」(「希望の声」ラジオ局はアメリカのサンフランシスコに本部を置く非営利目的のメディア)が報じた。趙紫陽の女婿・王志華氏によると、「趙紫陽文集(1980-1989)」は「六四天安門事件」について言及していないが、趙紫陽氏が中国総理や中国共産党総書記を務めていた間の思想や仕事内容を全面的に知ることができるという。また、記憶の中から忘れ去られようとしているその10年間を再び蘇らせる恰好の素材でもある。

 「趙紫陽文集(1980-1989)」は全4冊。その内容は趙氏が中国国務院総理や中国共産党総書記を務めた期間に行った講演や談話、報告、手紙等に及び、総計498編からなる。さらに、文集には初公開の数多くの重要な歴史文献の原文が収録されているため史料としての価値は極めて高く、歴史の研究に大きく役立つものだと思われる。

 王志華氏によると、現在中国国内では趙紫陽に関する情報は完全に消え、中国国内でこの文集の出版は不可能だ。特に、今日の若い世代はこの10年間(1980-1989)の歴史をほとんど知らない。

 「趙紫陽文集(1980-1989)」は香港中文大学出版社により出版された。出版社社長の甘蒅氏によると、この本の原稿は中国から秘密裏に香港に送られたという。この本は1980年代における中国共産党指導部メンバーの権利闘争の内幕を暴いており、闘争の裏付けには大量な証拠が用いられた。

 この文集は1980年代中国共産党指導部が決めた様々な施策及びその時の困難、争いそして解決案を全面的に開示している。また、この文集は経済、政治、党務、外務、防衛及び教育などの内容を含み、中国共産党が行った改革の初期段階での「石を感じて川を渡る」式の過程を完全に、具体的に紹介している。

 趙紫陽氏は1980年から1987年まで中国国務院総理の職を務め、1987年には中国共産党総書記に就任した。1989年、学生と市民の民主化を求めるデモに対し、公職を持たない中国共産党元老の臂平達は中国人民解放軍による武力弾圧で対応しようとした。この意見に反対したため趙紫陽氏は2005年に逝去するまで、長きにわたって自宅に監禁された。党内の反対意見を抑えると臂平氏は事態の収束を後の総書記・江沢民氏に任せた。1989年6月4日、中国人民解放軍が民衆を武力で弾圧し(市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺す)、東西を揺るがす「六四天安門事件」が起こった。現在、民衆の間では趙氏は中国共産党党内自由派や改革派の代表人物として認められている。2005年に趙氏が逝去した後、元首相の中曽根康弘氏は趙氏の死に哀悼の意を表明し、趙氏の中国経済政策策定が現在中国の経済発展に重大な貢献を与えたとコメントした。さらに当時の首相小泉純一郎氏は趙氏が日中関係の改善を大きく促進したと褒めたたえた。

(翻訳・揚思/編集・文亮)