日本の多くの学校では9月1日に夏休みが終わり、授業が再開する。中国では夏休みが終わるとともに新学年がスタートする。どちらも子どもたちが学校に戻って来る点では一緒だが、大きく異なる点もある。それは、中国では送り迎えで校門前に群がる保護者の姿が再び見られるようになることだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 日本の多くの学校では9月1日に夏休みが終わり、授業が再開する。中国では夏休みが終わるとともに新学年がスタートする。どちらも子どもたちが学校に戻って来る点では一緒だが、大きく異なる点もある。それは、中国では送り迎えで校門前に群がる保護者の姿が再び見られるようになることだ。

 日本で日常的にそのような光景を目にすることは、まずない。特に理由もなく毎日送り迎えしていれば「過保護ではないか」と指摘を受けることになる。中国メディア・捜狐が26日に掲載した文章では、日本人の家庭観からその理由について説明している。

 文章は、日本人の家庭関係、特に親子関係において「はっきりしていること」が2つあると指摘している。それは「お金」と「時間」であるとした。「お金」については、あくまでも親のお金は親のものであり、子のお金は子のものであると説明。子どもの教育に費やすお金については税金を取られることはないが、成人した子との間に高額の金銭関係が生じた場合には「税務署にはっきり申告しなければならず、さもなくば面倒なことになる」と解説した。

 また「時間」については、中国とは異なり「親が自分のタイムテーブルをしっかり持っていて、子どもが親の時間をあまりに多く占有することはない」と紹介。ゆえに、小学校で子どもを送り迎えするようなことはなく、親が祖父母にそれを頼んで祖父母の時間を束縛することもないことを伝えている。

 文章は、日本人の家庭における割り切りぶりは、中国人の家庭に比べて「親子の関係が希薄で他人行儀」との印象を受けるが、「実際はそのような感覚ではない」と指摘。日本でも子どもが成人するまでは、親が自分の時間を大いに割いて育てるとする一方、成人後には「子どもを1人で泳がせる」のであると論じている。

 そして「中国人のモデルがいいのか、日本人のモデルがいいのか断言することはできない。それぞれの歴史や文化的背景を考えれば、それぞれに合理性があるからだ」としつつ、「ただ、日本人は『若者は自分の力で幸せを掴むべき。自分の努力がなければあらゆるものを手に入れることはできない。いつまでも親の大樹の下に寝転がっていてはダメなのだ』という観点を持っている」と締めくくった。

 文章の最後の部分は、「それぞれに異なったモデルがあって然るべきだが、それでもやはりわれわれは日本人の考え方を参考にしてわが身を振り返ってみる必要があるのではないか」という問題提起だろう。

 「かわいがる」ということと「甘やかす」ということは全く違う。1人の大人として社会で真っ当に生きていくためには、子どもにどう接し、どう育てたらいいか。国民性や社会的な習慣や観念はひとまず置いて、親として真剣に考える時間が必要だ。それは、日本でも中国でも、世界のどこでも同じである。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)