日本と清国との間でぼっ発した日清戦争で、日本に敗れた清国は領土を失い、多額の賠償金の支払いなどによって急速に国力を失い、その後の滅亡へとつながったと考えられている。(イメージ写真提供:123RF)

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 日本と清国との間でぼっ発した日清戦争で、日本に敗れた清国は領土を失い、多額の賠償金の支払いなどによって急速に国力を失い、その後の滅亡へとつながったと考えられている。

 清国は当時、世界から「眠れる獅子」と認識されていたが、なぜ日本に敗れたのだろうか。中国メディアの捜狐はこのほど、日清戦争で日本が勝利し、清国が敗れたのは「清国が海国図志(かいこくずし)を軽視し、日本が海国図志を重視したこと」に原因があると主張した。

 海国図志とは、清国の思想家である魏源が編纂し、当時の英国の情勢なども含まれた地理書だ。記事は、アヘン戦争に敗れた清国は洋務運動を展開し、約30年にわたって国力増強に取り組んだとしながらも、日清戦争で日本に敗れたのは「日本が海国図志を手にして、その内容を重視したため」と主張。むしろ当時の日本がアジア唯一の近代国家へと成長できたのも海国図志によるものとの見方すら存在すると紹介した。

 続けて、海国図志は当時の欧州各国の歴史や制度、文明などが詳細に紹介されていたと伝えつつ、海国図志を編纂した魏源の意図は「相手に勝つには、相手がどれだけ強大な国かを徹底して知る必要がある」というものだったと紹介。当時の日本人は海国図志に触れることで、「欧州各国の強大さと脅威を認識すると同時に、その先進的な思想と文化を学ぶべきであると認識した」と紹介したうえで、海国図志は吉田松陰など明治維新の精神的指導者にも読まれたことを伝えた。

 一方で記事は、清国国内における海国図志に対する反応は「極めて冷淡だった」とし、数千冊も印刷されたものの、3年間で売れたのはたった1冊だったと紹介。むしろ保守的な政治家から冷遇されたことを伝え、「海国図志で中国は何も変わらなかったが、日本に海国図志が渡って30年後に清国は日本に敗れた」という指摘すらあることを紹介した。

 日本人は学ぶことに長けていると言われる。「海国図志」という書物に触れ、そこから危機感を感じ取り、多くを学んで成長につなげることが出来たのは学ぶことに長けている日本人ならではと言えるだろう。一方、清国が海国図志を冷遇せず、そこから何かを学び取ることができれば、歴史は大きく変わっていたかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)