『カープのうろこ 広島東洋カープ歴代ユニフォームガイド』(著・スポーツユニフォーム愛好会、文芸社、1728円)

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プロ野球セリーグは広島東洋カープにマジックナンバーが点灯し、25年振りの優勝へさらに近づいた。だが20年前の1996年、11.5ゲーム差をつけた巨人に大逆転され、最後は3位に終わったという悪夢がある。長嶋茂雄監督の言葉「メークドラマ」が流行語大賞になった年だ。カープはなんとしても二の舞を踏んではならない。いよいよクライマックスだ。今週は「赤ヘル・広島カープ」の球団創設から今日までのユニフォームの変遷や選手、スカウトの野球哲学などを紹介したい。

J-CASTニュースの書籍サイト「BOOKウォッチ(http://www.j-cast.com/bookwatch/)」でも特集記事を公開中。

赤ヘルのルーツは誰なのか

広島カープの愛称「赤ヘル」のルーツは、メジャー出身のジョー・ルーツ監督のアイデアだったようだ。1975年に就任、燃える野球を目指しチームカラーを赤に提案したが、日米の野球の違いなどから15試合で辞任してしまった。後を継いだ古葉竹識のもと、赤ヘルメットの選手たちは大活躍し、念願の初優勝を果たした。それを機に「赤ヘル」の名が定着した。

『カープのうろこ 広島東洋カープ歴代ユニフォームガイド』(著・スポーツユニフォーム愛好会、文芸社、1728円)は、お荷物といわれていた球団当初から今日までのユニフォームの変遷をたどり、44のタイプを一挙に掲載した。

赤の以前のものもあり、同じ赤にも色々な赤があり、しゃれたストライプもある。ユニフォーム上下はもちろん、帽子、ロゴ、さらにはモデルチェンジの経緯や永久欠番についてなど豊富な写真と解説でカープの歩みを振り返る内容となっている。

「原石」を探し求めるスカウトの眼力

甲子園や神宮球場で活躍した選手を獲得しても、プロ野球で成功するとは限らない。その点、広島カープは無名選手を育てあげるのが上手といわれてきた。全国津々浦々から「原石」を探し出したスカウトたちのおかげだろう。

『惚れる力 ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術』(著・坂上俊次、サンフィールド、1500円)は、数々の選手を発掘してきた伝説のスカウト、苑田聡彦氏の仕事の流儀とドラフトの秘話である。

黒田博樹、金本知憲、江藤智、丸住浩、福井優也・・・歴代の「赤ヘル軍団」の面々をどのように発見し、どのように心を動かしたのか。苑田氏は福岡県出身で三池工からカープに入団、1975年の初優勝に貢献しその後スカウトに。著者の坂上俊次氏は中国放送(RCC)アナウンサーで、『優勝請負人 スポーツアナウンサーが伝えたい9つの覚悟』で第5回広島本大賞を受賞している。

黄金戦士に聞く1万字インタビュー

広島カープは1975年の初優勝後、79、80、84、86、91年と計6回リーグ制覇し、うち3回は日本一となった。まさに「赤ヘル」の黄金時代だったといえよう。

『赤ヘル偉人伝〜広島カープ黄金戦士かく語りき』(著・グレート巨砲、白夜書房、1500円)は、黄金時代を築き上げた「赤ヘル戦士」12人を取材し、それぞれ1万字に及ぶインタビューで、自らの野球人生と野球哲学を振り返ってもらった。

登場するのは、古葉竹識「僕がやりたかった野球」(Aクラス9回、日本一3回の名将)、山本浩二「広島カープは人生そのもの」(外野手・監督として6度の優勝に貢献)、衣笠祥雄「懐かしき人生最高の日々」(連続試合出場記録の鉄人)、高橋慶彦「俺たちが強かった理由を教えるよ」(誰よりも努力した赤ヘル野球の申し子)、江夏豊「あの時、神様が味方してくれた」(いまも語り継がれる江夏の21球)などなど。すべてのカープファンに捧げる1冊だ。