都市を「老後を生きる場」に変える(※イメージ)

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 約3千世帯6千人が居住する都営住宅、戸山ハイツアパート(東京都新宿区)は、新宿区住民基本台帳(2016年8月)によれば高齢化率53.1%。「都会の限界集落」と称されるゆえんだ。うち独居世帯は38%に及ぶ(10年国勢調査)。

 村山恭太さん(85)はここに住んで40年余。昨年、35号棟の自治会会長を務めて、「コミュニティーの老い」に直面した。この10年の急速な変化に愕然としたという。

「自治会の担い手も高齢。住民だけでは手に負えないことも増えつつある」

 死後3日間ほど、誰も気付かなかったという事例も含め、昨年は35号棟だけで10人以上が亡くなった。高齢者宅での火災も続いた。夜中に住人からSOSの電話が入ることもあって、

「24時間勤務のようで、気が休まらなかった」

 と村山さんは振り返る。

 住民同士のトラブルの中には、自治会三役での対応では追いつかず、行政や社会福祉協議会に協力を仰がなければならないものもあった。

 高齢化に伴うあらゆる問題に対応するため、村山さんらは昨年10月、自治会と行政、関係機関の「公民ミックス」による地域見守り連絡会を発足させた。住民の横のつながりをなんとか復活させたいと、春には映画鑑賞付きの花見会を開いた。だが、集いの場の開催はその一度だけ。村山さんはため息まじりに語った。

「地域の輪が崩れつつあり、イベントを盛り上げるのも、それを継続させるのも骨が折れる。でも、やらないと」

●住み続けたい場所は東京「住民力」で実現できる

 高齢化の波が一気に押し寄せ、課題難題が山積みの東京。ここで老いることを選択するには、一度は断ち切られた地縁を紡ぎ直し、老いを支え合う新しい関係性を構築せねばならない。人々は、このハードルをどう乗り越えようとしているのか。

 東京家政大学女性未来研究所(板橋区)は現在、戸山ハイツの一角に開設された相談拠点「暮らしの保健室」(秋山正子室長)と共同で、「戸山ハイツの未来の物語をつむごうプロジェクト」を進めている。昨年実施した全戸アンケートでは、

「高齢になって自治会役員を引き受けられない」

「自治会が消滅の危機に瀕している」

「(各号棟でフロアごとに当番制にしている)掃除にも出られない」

 といった声が上がり、住民同士による共助の必要性とともに、その限界も浮かび上がった。

 一方で、「ずっと住み続けたい」と回答した人が91.5%にものぼった。理由として多かったのが、JRや地下鉄など交通の便のよさだ。

 アエラネットなどを通じて実施したアンケートでも、都市に住み続けるメリットとして「交通の便がいい」「住み慣れている」という回答が目立った。

 最期まで施設ではなく住み慣れたところで、という「エイジング・イン・プレイス」は社会の流れだ。プロジェクトの共同代表を務める東京家政大の松岡洋子准教授は、

「東京にはもう施設はつくれないし、みんなが住まいで老いたいというのですから、地域での居住を支える医療や看護、介護の切れ目ないサービスが欠かせません」

 と公的サービスの不足を指摘する。それが行き届いてもなお、必須とされる「インフォーマルなケア」にも、注目しているという。

「社会的な交流や生活支援など、従来は家族や隣人が行っていた『お世話』のところをどう再構築していくか。戸山ハイツみたいに、瀬戸際のところでなんとか立ち上がろうとしている『住民力』が鍵になるでしょう」

●それぞれの希望に応じて「見守り」の形を変える

 8月上旬に開かれた、戸山ハイツの「井戸端カフェ」を取材した。

 夕方4時、「暮らしの保健室」に三々五々、住人たちが集まってくる。参加者は約20人。70代、80代の顔もあった。「住民の共助」の議題では、

「たとえ自分が孤独死しても、それは覚悟の上だという人もいる。そういう人まで引っ張り出せるのか?」

 といった本音のトークも。話は、「次のアクション」にも及んだ。

「憩いの場をつくった団地の見学ツアーをして、みんなで学ぶところから始めたい」

「私も『食育』で地域貢献したい」

 地域の保健師は、この光景を感慨深そうに眺めていた。

「独居の方の訪問で『家具の寸法を測るのを手伝って』『ゴミ出しができなくて』と頼まれるたびに、『こんなちょっとしたことも頼む人がいないのかしら』と心配してきました。ここでは、今後何が必要なのかをみなさんで考えていますよね。孤立死、孤立死と言われ続ける経緯を見てきましたから、大きな一歩だなと」

 先の戸山ハイツ全戸アンケートでは、「倒れた時に誰が見つけてくれるのか不安に思う」と答えた人が55.2%いた。実際、調査で各戸を訪ね歩いた学生たちは、ドアの隙間からゴミ屋敷一歩手前の室内を目にすることがあった。なかには家の中でさえも移動がままならない状態で独居を続ける高齢者の姿もあった。

 いわゆる「孤立死」は、戸山ハイツだけの問題ではなく、全国で多数発生している。08年度、独立行政法人都市再生機構が運営管理する賃貸住宅約75万戸において、「単身」かつ「65歳以上」の居住者が誰にもみとられることなく息を引き取り、死亡から相当期間(1週間以上)を経て発見されたケースは89件だったが、その後増加傾向にあり、5年後の13年度には129件となっている。

 こうした時代背景を受け、東京都が始めたのが、「高齢者見守り相談窓口設置事業(旧シルバー交番設置事業)」だ。高齢者宅への戸別訪問も含む「アウトリーチ型」で、自治体が関与しつつ住民パワーを最大限に活用する「住民参加型」なのが特徴だ。

 まずは、郵便物がたまっていないかなどをチェックする「さりげない見守り」。定期的な安否確認や声かけが必要な人には、「担当による見守り」を。住民から募る「見守り員」の中から担当者を決めて、各戸を訪問する。そのコーディネート役として、社会福祉士や介護支援専門員の資格を有する相談員がつく。訪問頻度や介在の仕方は、行政からの委託で行われる全戸調査で聞き取る個々の希望にもとづいて決めていく。

●独居の男性が火災で死亡 顔見知りなら防げた

 東京都全体では、18区市町、71地区でこの事業を実施(16年7月)。「4人に1人が高齢者」だという町田市では、
の町内会で高齢者の「見守り支援ネットワーク」が誕生した。

 同市鞍掛台地区でもネットワークを準備中。急な坂が多く道も細いこの地区は、「いざという時、消防車両も上がってこられない」と住民の危機意識が強く、防災活動が盛んだ。にもかかわらず、防げなかった火事があった。3年前、独居の男性宅から火が出て、その男性は亡くなった。生活苦で電気もガスも止められていた。何らかの方法で火を使っていたようだ。

 誰かが顔見知りになって関係機関につないでいたら、未然に防げたのではないか。住民の中にそんな反省が生まれた。九里(くのり)アヤ子さん(86)は言う。

「私はここに住んで50年ですが、ご近所づきあいがなく、いるかいないかもわからない方がいます。そういう方を誰がどう見守るのかが、課題でした」

 37人の住民が見守り員として名乗りを上げた。名づけて「見守り支援隊」。最高齢の九里さんもその一人だ。

 町田市いきいき生活部高齢者福祉課の有田和子さんは、見守り支援ネットワークづくりの次のターゲットは「オートロックマンション」だという。自由には立ち入れないこのタイプのマンションで、さりげない見守りをどうするか。市内の1棟でニーズを把握する調査を終えた段階だという。

 高齢者住宅財団理事長の高橋紘士さんは、こう指摘する。

「都市部ではいち早く多死時代に突入し、多少不自由なことがあっても住みなれた家や地域で生活を続けられるようにしていくことが必要な段階に入った。今後、最大の障壁はマンション。つまり、人と人の関わりを絶つ『鉄の扉』ですね。僕らはプライバシーを重んじ、鉄の扉を閉めて地域から隔絶される生活を好んで選択してきた。さて、ここからどうしようか。僕らは今、『扉』をこじ開けるかどうかの分岐点にいるのだと思います」

 まずは、都市ならではの「つながりやすさ」「スピード感」を存分に生かせるところから、地域づくりを進めるべきだ。

●74歳独り暮らし女性宅に子どもたちが押し寄せた

 ひとつの理想の形を、世田谷区でみつけた。

 温井克子さん(74)は、自宅を「ぬくぬくハウス」として開放、毎週金曜日はコミュニティーカフェにしている。古井戸とデッキのある一軒家。多摩川沿いの豊かな緑の中に立つ。7月末、イベント「井戸で流しそうめん」が開かれると聞いて、ここを訪ねた。

 2メートルの竹を3本組んだそうめん台にはあっという間に行列ができ、「子どもの人数を60人まで数えて、もう数えるのをあきらめたわ(笑)」(運営メンバーの一人)

 というほどのにぎわい。

 かねて「自宅を地域に開きたい」との思いを持っていたという温井さんが、二子玉川の「まちづくり研究会」で伊中悦子さん(66)ら数人と意気投合。「家を開放? いいね!」と話が膨らんだ。地域コミュニティーの活性化を目指し、空き家や空き部屋と活動団体とのマッチングを行っていた世田谷区の一般財団法人が行う「地域共生のいえづくり」事業に応募し、あれよあれよという間に具現化し、いまに至っている。

 思わぬ展開もあった。

 同様に「地域共生のいえ」として自宅を開いている70代の女性が病気で倒れ、療養の間、温井さんがその地区の子どもイベントを支援することになったのだ。見ず知らずの女性だったが、同法人からのオファーで事情を知った。温井さんはその女性の病室に面会に行き、

「あなたが元気になるまでの間は、こっちで任せてね」

 と伝えたという。

 温井さんは言う。

「これもある意味、地域の助け合いね。私だっていまは独り暮らしで、いつ倒れるかもしれないんだし。まわりにオープンにするって、もちろんリスクもあるけれど、やっぱりいいことだと感じることは多いです」

(ライター・古川雅子)

AERA 2016年8月29日号