8月28日より処暑の次侯「天地始粛(てんちはじめてさむし)」。暑さもおさまるころという意味です。「粛」は「粛々」「粛然」「粛として声なし」「粛として襟を正す」などの成語にあるように、かしこまり、静まり返ることを言います。春から盛夏にかけての熱狂的な生命の活動期・成長期が収まり、秩序と静穏、成熟と収穫の秋・冬への転換期。転換期、とは同時に寒気と暖気が入り混じりせめぎあう混沌期ともいえ、台風が襲来しやすい時期でもあるようです。


涼やかなカラスウリの花の観賞によい季節です

日あしもだいぶ短くなってきました。すでに足元にはツルボやキツネノマゴなどの秋の草の花が見かけられ始め、夏の終わりを告げているようです。カラスウリ(Trichosanthes cucumeroides)の花は、なかなか日の暮れない夏の初めのころには、日没とともに青白い花が咲き始めるのを夜の九時ごろまで待たねばならなかったのですが、今頃の時期ではすんなり早い時刻に全開の花を見ることもでき、また盛夏ほどには蒸し暑くもなく鑑賞によい季節です。
と言っても、晩秋の頃に頼りなく樹幹や生垣にぶら下がっている朱色の実は誰もが知っていても、「カラスウリの花」と言ってスッと思い浮かぶ人はむしろ少ないかもしれません。
カラスウリは中国・日本の原産。雌雄異株のツル植物で、木や藪などにからみついて繁茂します。花は7月の終わりごろから9月まで次々咲き継ぐ一日花で、日暮れとともに開花をはじめて、翌朝にはしぼんでしまうため、めったに人の目には触れません。切れ込みの深い星型の五弁花で、特徴は何と言っても花弁の外輪が糸状に裂けて広く広がるレース模様に縁取られること。完全にレース状の糸弁が開ききったときには直径は10センチ以上にもなります。花筒は深く、蜜が筒の奥にあるため、口吻の長いスズメガによる受粉に特化した「スズメガ媒花」の一種として共依存関係にあります。
青白いレース模様を広げたカラスウリの花に、ハチドリのようにホバリングしながら長い口吻をのばしてスズメガが跳びまわる様子は、夏の夜にひっそりと行なわれる妖しく美しい饗宴です。


銀河ステーションに列車が来るのはちょうどこの時期なのではないか

また、この時期になると早い時期に咲き終えた花は子房がふくらんで、薄緑のたてじまのある緑色の未熟な実も見られるようになります。
「草の中には、ピカピカ青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜(からすうり)のあかりのようだとも思いました。」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜(五、天気輪の柱)』より)
宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」には、子供たちが「カラスウリのちょうちん」を作り、火をともし川に流す描写が出てきますが、この文中のちょうちんのあかりが青く見えたという記述から、使用されているのは秋に成熟して赤くなった実ではなく、未熟な夏の終わりの実であることがわかります。
「銀河鉄道の夜」の物語の季節がいつかについては、さまざまな説がとなえられてきました。子供たちが学校に通っている描写があるので、ホタルなどもいるし夏休み前の7月の前半だろうという説や、カラスウリの実が出てくるし、銀河鉄道から見えるのはリンドウやススキ、林檎の実などの秋の風景だから9月の後半から10月じゃないのか、などです。
が、筆者はカラスウリの青い実を使っていること、そのちょうちんを流す風習が、賢治の故郷の岩手県の、8月後半のお盆頃に行なわれる盛岡の「舟っこ流し」によく似ていることなどから、8月の後半から下旬の今くらいの時期だということは、かなりはっきりわかるのではないかと考えます。ホタルは夏ならば普通にいますし、舞台は南欧を想定したファンタジーですから日本の夏休みの時期は考慮に入れなくてもいいでしょう。
物語の中では冒頭付近からたびたび出てくる「烏瓜のあかりを流す」ならわしが大きな事件を起こす鍵にもなって、カラスウリは大きな役割を果たしています。


カラスウリの種は金運を招く縁起物!

ところでカラスウリの別名は「たまずさ」とも言います。
たまずさ(玉梓)といえば、
秋風に初雁がねぞ聞こゆなる誰(た)が玉づさをかけて来つらむ (紀友則)
など和歌に登場し、また「玉づさの」は「使ひ」「妹(いも)」にかかる枕詞にもなっています。
「われこそは玉梓が怨霊」の台詞とともに印象的な「南総里見八犬伝」に登場する里見家にとり付いて苦しめる怨霊も「玉梓」でした。当時NHKの八犬伝の人形劇を視聴していた子供たちを震え上がらせたこの「玉梓」とは、本来恋文(ラブレター)のこと。上代、あるじから恋文を託された使者が梓(あずさ)の枝を持って、これに手紙を結び付けていたことから、いつしか手紙、とりわけ恋文を玉梓と呼ぶようになりました。
これがなぜカラスウリに結びつくのでしょう。その理由は種子にあります。
カマキリかアリの頭のようにも見える風変わりな形をしたカラスウリのタネ。これを昔の人は枝に結び付けられた恋文「玉梓」の形に見立て、カラスウリのタネを「たまずさ」と呼び、転じてカラスウリそのものの異名ともするようになったのです。
このタネは、一寸法師が持つ打ち出の小槌や、財と豊穣の象徴である大黒天などにもに見立てられて「大黒様」とも呼ばれ、一説ではこのタネを財布に忍ばせておけばお金に不自由しないという縁起物にされているとか。この秋、カラスウリを見つけたら、タネをゲットしてみてはいかがでしょう。

さて、厄日・荒れ日ともいわれる雑節の二百十日(立春から数えて210日目)は、今年は8月31日。気象学上は否定されていますが、台風襲来の特異日ともされています。おりしも台風10号が迷走しながら関東付近にその前後に上陸するかも、とか。被害がなく9月を迎えたいものです。