有森裕子氏。元女子マラソン選手(写真=時事通信フォト)

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マラソンの有森裕子さんは、オリンピックの2大会連続(バルセロナ、アトランタ大会)でメダルに輝く、すばらしいアスリートである。

その有森さんに伺って驚いたのは、高校、大学と、監督からは、決して素質に恵まれた選手だとは思われていなかったというお話だった。

高校の陸上部の監督は、有森さんには才能がないからと入部を認めてくれなかったのだという。仕方がなくて、有森さんは、入部が許されるまで、校内で監督の出先に顔を出して、いつも、その視野に入るようにして、存在をアピールしたのだという。

高校から大学に進んでも、有森さんの記録は、必ずしもずば抜けたものではなかった。小出義雄監督の指導を受けたリクルートへも、ほとんど「押しかけ」のようなかたちで入ったと聞く。

そのような「スタート」にもかかわらず、有森さんのアスリートとしての実績は、結果として揺るぎないものとなった。有森さんの成功の秘密は、何なのだろうか?

最近、注目されている精神的な特性に、「グリット」がある。日本語で端的に表現すれば、「根性」になるのだろうか。困難にも負けず、長い間、努力を続け、闘志を持ち続ける精神力が、成功につながるとされる。

グリットの研究で知られる米国ペンシルヴァニア大学教授のアンジェラ・リー・ダックワースさんによれば、グリットは、「知能指数」などの、通常の意味の才能よりもはるかに正確に、その人が成功するかどうかを予想するうえで役に立つのだという。

肝心なのは、何日、何週間という単位ではなく、何年にもわたって、困難な課題を達成するために必要な努力を続けることなのだと、ダックワースさんは言う。失敗しても、障壁があっても、最後までやり遂げるその精神的な特性が、結局は成功につながるというのである。

その意味では、有森さんは、間違いなくグリットを持つ人である。有森さんの2大会連続メダルは、グリットの賜物なのだ。

グリットがこのようなかたちで注目されるようになったのは最近のことだが、経験に照らすと、確かに、成功している人の中には、グリットを持っているケースが多いように感じる。

相対性理論をつくったアインシュタインは、大学を卒業してもアカデミックなポジションに就職ができなかった。しかし、特許局で、物理学とは関係のない仕事をする中でも、時空の理論をつくるという夢を諦めなかった。アインシュタインには、グリットがあったと言っていいだろう。

スティーヴ・ジョブズも、グリットの人だった。アップルの創業期には様々な困難があったが、製品化までやり遂げた。一時期はアップルを追い出されたが、粘り強くやり続け、ついには返り咲いてiPhoneなどの画期的新商品を生んだ。

注目されるのは、グリットが、知能指数などのいわゆる「才能」とは関係がないということである。ダックワースさんによれば、むしろ、知能指数などとは負の相関すら見られるのだという。つまり、グリットは、誰でも活かすことができるということ。

誰でも、グリットさえあれば、最後までやり遂げる根性さえあれば、成功への道を歩むことができる。これは、大いに勇気づけられるメッセージではないだろうか。

(茂木 健一郎 写真=時事通信フォト)