生ビールの「生」ってなんなんだ。生のほうがエラいのか

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まだまだ暑さの続くこの時期、ビールは私たちの味方である。とりわけ生ビールは定番で、居酒屋などで「とりあえず生!」と注文する人も多い。しかし、生ビールの「生」とは何なのか? ちゃんと説明できる人は案外すくないのではないか。

エキレビ!でもおなじみ「むむ先生」ことライター・杉村啓の新刊『白熱ビール教室』(絵・アザミユウコ、星海社新書)は、ビールの種類や製造方法からおいしい飲み方まで懇切丁寧に教えてくれる一冊だ。もちろん、生ビールについてもくわしく解説されている。それによると、生ビールにはどうやら2種類あるらしい。いや、正確にいうなら、「広い意味での生ビール」と「狭い意味での生ビール」に分けられるというのである。


「とりあえず生」で出てくる生ビールの正体


そもそも生ビールの「生」とは、「加熱をしていない」という意味だ。もっとも、ビールは仕込工程で麦汁の煮沸が必ず入るので、厳密には濾過(ろか)工程の際に加熱をしていないものを「生」ビールと呼んでいる。

ビールなどお酒をつくるには、原料(ビールの場合は麦芽やホップなど)を酵母という微生物を使って発酵させる。この酵母はビールが完成した段階で殺菌して、それ以上よけいな発酵が進まないようにしなければならない。そこで必要なのが濾過だ。昔はこの技術が未熟だったため、熱処理をしていたのだが、その後の技術の向上により、濾過だけでしっかりと酵母を取り除けるようになる。ここから、加熱処理をした「熱処理ビール」に対して、濾過だけで酵母を取り除いたビールを「非熱処理ビール」もしくは「生ビール」と呼ぶようになった。

じつは、いま日本の大手メーカーから発売されているビールの大半は、加熱をしていない生ビールだ。ようするに瓶に入っていようが樽に入っていようが、あるいは缶に入っていようが、生ビールは生ビールということになる。先にあげた「広い意味での生ビール」とは、熱処理をしていないこれらビール全般を指す。

……と説明すると、居酒屋などの店のメニューにある生ビールは、瓶ビールや缶ビールとは区別され、ビールサーバーから容器に注いだものではないか、と思う人もいるかもしれない。

そこで、いまひとつ紹介しておきたいのが「ドラフトビール」という言葉だ。これはもともと「樽から直接くみ出したビール」という意味を持つ。昔は樽に詰めるビールのほとんどが熱処理されていなかったこともあり、加熱処理をしていないビールのことをドラフトビールと呼ぶようになった。ここから、現在でも日本とアメリカでは、生ビールとほぼ同義で使われている。ただし、ほかのほとんどの国では本来の意味どおり、樽に詰めたものだけをドラフトビールと呼んでいる。

この樽に詰められたドラフトビールこそ、「狭い意味での生ビール」にあたる。居酒屋などの生ビールも、たいていは樽につながったビールサーバーから注がれている。よって、私たちが店で「とりあえず生」と注文して出てくるのは、まさにドラフトビール=狭義の生ビールというわけだ。

「生」に切り替えたせいで売上が落ちたビールがある!?


さて、ビールの濾過工程で熱処理をしなくても済むようになったいま、発売されているビールの大半が「広い意味での生ビール」とするなら、「熱処理ビール」はまったく流通していないのだろうか? と思えば、さにあらず。熱処理ビールは、いまでもちゃんと製造され、市場に出回っている。たとえば「キリンクラシックラガー」がこれにあたる。

『白熱ビール教室』によれば、熱処理ビールは生ビールにくらべて香りが穏やかで、苦みがやや強いという。生ビールよりこちらを好むファンも一定数いるようだ。じつはキリンクラシックラガーも、かつてキリンビールが「キリンラガービール」を生ビールに切り替えた際、ファンが離れて売上が落ちてしまったことから、熱処理ビールをこの名前であらためて売り出したものだった。そんな話を知ると、味をくらべたくなってくる。

本書にはこのほかにも、ビールを楽しむための知識がてんこ盛りだ。たとえば、ビールの泡は一体どんな役割をはたしているのか? 本書ではずばり「泡を制するものはビールを制す」と題して、ビールをおいしく飲むため泡の扱い方に着目し、その役割について教えてくれる。

著者の杉村啓は、これまでに『白熱日本酒教室』とウイスキーなどをとりあげた『白熱洋酒教室』を同じく星海社新書から刊行しており、本書はこのシリーズの第3弾ということになる。今回は全288ページと、以前の2冊より30〜50ページ以上の紙幅が費やされている。それだけビールが身近な存在であり、それでいて奥の深いお酒だということだろう。私もこの本を読んでいて、何度ビールが飲みたくなかったことか。原稿も書き上げたことだし、ここはひとつ、本書でおすすめされているような、冷蔵庫でキンキンにならない程度に冷えたビールを味わいたいところだ。
(近藤正高)