パリの郊外というとつい静かな住宅地を思い浮かべてしまうが実状はまったく逆。近年フランスにはアフリカ系の黒人を中心とした移民が急増しているが、彼らがパリ郊外に住みつく。そこに貧困、暴力、失業、麻薬などの問題が集中する。2005年にはパリ郊外で彼ら貧しい若者たちによって暴動が起き、移民問題はフランスの大きな社会問題になった。

「奇跡の教室」は、パリ郊外の貧民層が暮すクレテイユという町の高校を舞台に、先生と生徒たちがはじめはとまどいながらもなんとか理想の授業を作ってゆく物語。

 新学期。教師歴20年の、歴史を教えるアンヌ先生(「マルセイユの恋」のアリアンヌ・アスカリッド)のクラスに高校一年生の生徒たちがやってくる。

 一見して分かるように移民の子供たちが多い。黒人をはじめ、アラブ系、ユダヤ系、それにアジア系もいる。多民族で一クラスを作っている。フランス社会の大きな変動を象徴している。

 当然、クラスをひとつにまとめるのは難しい。授業をまじめに聞かない。騒ぐ。喧嘩をする。遅刻、欠席も日常になっている。教室の体をなしていない。荒れる移民の町では十代の子供たちの教室も荒れている。

 教師の仕事は規制で生徒を縛ることでもなければ、パフォーマンスで生徒に媚びることでもない。知的好奇心をよびおこし、学ぶ楽しさを知ってもらうこと。

 そう考えるアンヌ先生は、生徒たちに自分で考え、学んでもらおうと第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人虐殺(いわゆるホロコースト)を研究テーマとして与える。

「また、その話か」「もう聞きあきた」と生徒たちは反発する。しかし、徐々に先生の熱意が伝わってくる。図書館やネットで強制収容所の実態を調べ始める生徒が出てくる。

 生徒たちは、日常的にフランス社会のなかで、移民の子供として差別を受けている。イスラム教徒の子供は、学校内でスカーフを付けないように強制される。将来への不安もある。

 だからホロコーストが身近かな問題に思えてくる。真剣に人種差別を考えるようになる。ある日、アンヌ先生は強制収容所を奇跡的に生きのびた老人を教室に呼び、過酷な体験を生徒たちに話してもらう。自分たちと同じ年齢の少年時代に極限状態を体験した生存者の話に生徒たちは厳粛な気持になる。実話をもとにしているという。ふだん差別を受けている子供たちだから、この老人の苦しみを感受出来たのだろう。

文■川本三郎

※SAPIO2016年9月号