フィリピンのドゥテルテ大統領は麻薬犯罪に関わった疑いで多くの容疑者を殺害したとして国連機関から批判されると、国連脱退を示唆。「戒厳令」もにおわせる。選挙公約の過激な犯罪対策を非難され、腹に据えかねたかにも見える。フィリピン共和国の首都マニラ

写真拡大

2016年8月27日、麻薬犯罪に関わった疑いで多くの容疑者を警察などが殺害したとして、国連機関から批判されたフィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退を示唆した。大統領は「戒厳令」もちらつかせる。ご自慢の犯罪対策をやり玉に挙げられ、まるで逆ギレしたかのようだ。

ドゥテルテ大統領の地元の比南部ミンダナオ島ダバオ市などではマルコス政権当時の1970年代、比共産党(CPP)の武装組織・新人民軍(NPA)に対抗して軍などの肝煎りで「反共自警団」が結成され、NPAシンパの殺害などに暗躍した。88年、ダバオ市長に就任したドゥテルテ氏は、その“伝統”を受け継ぎ、超法規的な手段を駆使して犯罪で悪名高かったダバオを全国有数の安全な都市にした。

大統領の犯罪対策は、ダバオ方式の全国版。比メディアによると、5月の大統領選後これまでに殺害された人数は1054人に上り、うち400人超が自警団を称する何者かに殺されている。警察当局もドゥテルテ大統領が就任した6月末以降、麻薬取引や使用などに関わった疑いがあるとする容疑者少なくとも712人を、捜査段階で殺害したと明らかにした。大統領自身も7月、比の麻薬王とされる実業家と面談。「処刑するよ。始末するよ」と警告した。

こうした手法について、国連の潘基文事務総長は6月の段階で、司法手続きを経ていない殺人は「違法で基本的人権と自由を侵害している」と、いち早く非難。国連人権高等弁務官事務所も今月18日、「法律に基づかない処刑で、人権を尊重するべきだ」などと批判した。

これに対し、ドゥテルテ大統領は21日、「見識がない批判だ」と反論。その上で「われわれは国連から離れることを決めるべきかもしれない」と脱退を示唆し、ヤサイ比外相は「大統領の発言は深い失望といらだちから行ったもので、国連から脱退はしない」などと、火消しに追われた。

一方、大統領の戒厳令発言は8月上旬、自らの対麻薬戦争に最高裁が異議を唱えるならば、として飛び出した。比では1972年9月、マルコス大統領が反対勢力を封じ込めるため、全土に戒厳令を布告し、81年1月に解除されるまで続いた。この間、犯罪が激減。観光業界などでは「あの頃は安全だった」と語り草にもなっている。

ドゥテルテ大統領は亡命先の米ハワイで89年に病死し、故郷のルソン島・北イロコス州に安置されているマルコス氏の遺体を首都マニラの国立英雄墓地に埋葬することをこのほど、許可した。歴代政権が拒んできた中での決断で、マルコス流支配の踏襲が念頭にあるのかもしれない。

ドゥテルテ大統領は就任後、頻繁にダバオに戻り、滞在する。8月11日の岸田文雄外相との会談もダバオで行われた。「敵」が多いマニラでは安心できないためともみられ、庶民の間では大統領がいつ「暗殺」されるかが賭けの対象になっているという。(編集/日向)